おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第104回 『ボールルームへようこそ』 竹内友(講談社)

竹内友(講談社)(c)竹内友/講談社

 熱い!とにかく熱いマンガだ。しかも題材は、スポーツとしての社交ダンスである。

 好きなこともやりたいこともない平凡な中学生の富士田多々良(たたら)がある日、謎の男に連れて行かれた先は、社交ダンスの教室だった。思いがけず社交ダンスの世界に足を踏み入れた多々良は、その魅力にとりつかれていく……。

 タイトルのボールルームとは「舞踏室」という意味で、いわゆる社交ダンスのことを「ボールルームダンス」とも呼ぶようだ。……ということを本作で知った私であるが、社交ダンスを題材にしたマンガ作品を読むのは本作が初めてではない。

 少女マンガでは1980年代に名香智子の名作『パートナー』があったし、最近ではこの連載でもとりあげ全6巻で完結した、ヤマシタトモコの『BUTTER!!!』もある。

 だが本作でのダンスの描き方は、同じ出版社(!)の青年向け雑誌掲載作である『BUTTER!!!』と比べても、突出して「少年マンガだなぁ」と思わせてくれる内容になっている。

 『BUTTER!!!』では競技自体の楽しさももちろん描かれたが、高校の部活(しかも歴史が浅い)が舞台ということもあり、部活の中の人間関係や現代の若者の「空気を読みながら、そのなかで真摯に生きるとはどういうことか?」という「いまここにある問題」により向き合った作品だったと思うのだ。そのため登場人物は「いま」を感じさせるような言葉遣いで語り合い、勝敗よりも、繊細な心理的葛藤をどう乗り越えるかにフォーカスし、ていねいに描いていたと思う。

 それに対して『ボールルーム〜』では、主人公・多々良がいったん社交ダンスの世界にのめりこんでからは、その世界のなかでどう強くなっていくか?どう上達し、成長していくか?そして、多々良のもつ希有な才能とは何か?ということに焦点が絞られる。つまり、より「勝負」が前面に出た形で物語が展開していくのだ(言うまでもなくどちらがいい悪い、という話ではまったくないし、私自身、どちらも大好きだ)。

 多々良が通うダンススタジオには、同じ中学の成績の良い美少女・花岡雫(しずく)がいるが、彼女は天才的なダンサー・兵藤清春というリーダー(男性舞踊手)とカップルを組んでいる。

 そう、まったくの初心者の多々良に対し、「少年マンガ」スポーツものの定番ともいえる、「天才的なライバル」も登場するのである。もちろん、ライバルというにはあまりに実力差のある状態。だが体格にも運動神経にもさして恵まれていない多々良は、他のダンサーの動きを見てすぐ真似できる突出した観察眼をもっていた。一見すべてに冷めているようにも見えるつかみどころのない兵藤だったが、ある事情から多々良が、兵藤のパートナーであるしずくと組み、荒削りながらも目で覚えた「兵藤の振り付け」で踊る姿を見て刺激を受け、これまでの限界を超えた、自分でも驚くほどの激しいダンスを踊ることになる。多々良は、その実力差に関わらず、兵藤にとって「気になる存在」となっていくのだ。

 この兵藤が、舞台での華麗さやワザのキレと裏腹に、ふだんはぼーっとして何を考えてるかよくわからない天然系男子、という設定も楽しい。小心者なのにダンスとなると大胆でまっすぐに突き進む多々良と、ぼーっとしつつ舞台では別人のような輝きを放ち、言葉は少ないが要所では核心をつく兵藤のコントラストと二人のやりとりも読みどころだ。

 また、主人公・多々良の才能もユニークだ。動きを言葉で説明されると混乱するのに、上手いダンサーの動きを目からトレースする能力はずば抜けている一方、自分のことよりパートナーのことを第一に考えるような性格で、それは男性の踊り手(カップルのリーダー)としては弱点でさえある。だが、「パートナーを上手く踊らせる」ことに主眼をおいたやや変則的な条件下の勝負では、パートナーを「花」として活かすことのみに力を注ぎ、リーダーの自分は引き立て役に終始し存在感を消し去る、という極端なやり方で、これまで陰に隠れていたパートナーの実力を大きく花開かせ、見る側が予想できないほどの力を発揮したりもするのだ。「自分が輝く以上に、相手を輝かせる才能」を持った主人公を説得力を持って描くのも、本作の面白いところだと思う。

 そしてなにより多々良は、そのひたむきさで「見る人をひきこむ力」、そして「人の気持ちに火をつける力」をもった希有な才能の持ち主として描かれている。その多々良の魅力は、ダンスシーンを熱く激しい(ときに荒々しいほどの)ペンタッチで描写し、読者をひきこむこの作品の魅力とも重なっている。本作のダンスシーン描写は、効果線を大胆に用いて躍動感を表現することで、社交ダンスの「華やかでセレブな趣味」というイメージを、「華やかだが、同時に激しいスポーツ」である、と鮮やかにかきかえてくれる。これが初連載という新人の作者は、大学時代に競技ダンスを経験されたそうだが、その体験(または体感、とも言いたくなる感じ)が、マンガ家としての技術によって、見事に活かされてもいるのだろう。冒頭に書いたとおり、読んでいるだけで、「熱く」なってくるほどダンスの肉体的な激しさと感情の高揚を感じさせてくれる作品なのだ。

 現在4巻まで発売中だが、個人的にはヒロイン・しずくの報われなさ(?)が気になるところ。9年間カップルを組んでいる兵藤がどんどんダンサーとして成長していく事への焦りと、兵藤のことを理解しているが故に、自分より、初心者の多々良から兵藤が刺激を受けていることまでわかってしまうが故の苛立ち。トップクラスの実力をもち客観的には結果も出していながら、いつもどこか苦しそうなしずくの姿には、どうか彼女が物語のどこかで大きなカタルシスを得られますように!と願わずにはいられない。

 物語冒頭に語られる、「全英選手権決勝で踊る」多々良の未来図までにどれほどの成長とドラマを見せてくれるのか。考えるだけでもワクワクが止まらない、先が楽しみな作品だ。
(2013年7月5日)





(川原和子)  

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.