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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第103回 『ぽちゃまに』 平間要(白泉社)

平間要(白泉社)(c)平間要/白泉社

 痩せていることは、正義。


 こう言いたくなるくらい、いまの世の中で美しいとされる男女像はたいていスレンダーな体型だ。テレビでも雑誌でも「●●で痩せる!」という特集がさかんに、そして繰り返し組まれている。

 そんな風潮のなか、ユニークなヒロインの少女マンガ作品が登場した。そう、本作のヒロインはぽっちゃり型の女子高校生なのだ。

 ふっくら女子高校生の本橋紬(つむぎ)はある日、イケメンの後輩男子・田上幸也に告白される。田上は、ぽっちゃりした女の子が大好きなぽっちゃりマニア=「ぽちゃまに」なのだ。

 田上の猛アタックにとまどいながらも少しずつ彼にひかれる紬。だが均整のとれた容貌の田上との不釣り合いさに不安を覚えて、田上とまっすぐに向き合えなくなる。そんなとき体育祭が開催されるが……。

 面白いのは、田上が紬を好きな理由として「さわり心地のよさ」を挙げているところだ。やわらかくてぷにょぷにょした感触が大好きな田上は、ふだんリラックスボールをぷにぷにと握りしめているくらいの「ぷにぷに好き」。たしかに田上の趣味はいまの美的感覚からは少し外れていて少々マニアックだ。でも、女の子特有のからだの「やわらかさ」の触感は、特に太ってない女の子でも気持ちが良いものだ。まして太め女子の体なら、なおさらだろうな……と思わせる説得力が本作にはあるのだ。

 もちろん本作は少女マンガなので、田上が紬を好きなのはぽっちゃりしているという「肉体」だけが理由ではないこともちゃんと語られる。紬が、太っているというコンプレックスに負けて卑屈になることなく、いつも笑っている(しかもそれは「自分くらいは自分を好きでいよう」という、紬の控えめながらもしっかりした意思表示なのだ)ところを、田上は彼女を好きな理由としてあげ、肯定するのだ。


 少女マンガの黄金セオリーとして、平凡な自分に引け目を感じるヒロインに、素敵な男の子が「そのままの君が好きだ」と告白してくれてメデタシメデタシ、という構図がある。本作は、平凡どころか世間的にはネガティブな要素である「太っている」ヒロインに、イケメン男子がむしろ「だからこそ、そのままの君が好き」と告げる形にしているところがユニークだ。

 そして言うまでもなくマンガはビジュアルが重要な媒体で、いくら理念や言葉で「これが素敵」と主張しようが、読者が直感的に「素敵」と思ってくれないと成り立たないジャンルでもある。その点本作は、もちろん田上はかっこよく、そしてヒロイン・紬は「たしかに太め」に、でもやわらかそうで、そして絶妙のさじ加減のデリカシーをもって、ちゃんと「かわいく」描かれているのだ。

 さらに私が驚いたのは、本作が白泉社の雑誌『花とゆめ』に掲載されていることだ。ややマニアックなマンガ好きに愛され続けている白泉社の少女マンガだが、その大きな特徴のひとつが、〈登場人物の「なまなましい肉体性」を注意深く避けていること〉だと思うからだ。

 白泉社系少女マンガのヒロインは、ボーイッシュだったり中性的だったりすることがとても多い。むしろ色っぽさはイケメンの男性キャラクターが担当することが多いのだが、やっぱりなまなましさは注意深く避けられているように感じる。いわば「二次元的な、抽象化されたキャラクターのかっこよさ、かわいらしさ」を追求してきたように思えるのだ。

 だが、「さわり心地のいい太め女子」というキャラクターは、「身体性」そのものともいえる存在だ。本作は作者のあとがき漫画によると「ちょっとエロイ漫画」と言われているそうだが、恋愛を身体性をもって描いているからこその評価だろう。ときに読者をドキッとさせつつも、心とからだの両方がゆっくりと近づいていく様子をていねいに描き、過激な方向へ暴走するのとは違う形で「好きな人に触ること、触られることの気持ちよさ」を、少女マンガ美学を逸脱しない形で表現しているのだ。


 思わず笑ってしまったのは、本作第1話で気まずくなった紬と田上が仲直りするきっかけが「体育祭の借り物競走」だったことだ。

 というのも、私が大好きな約30年前の同じ白泉社の少女マンガ、ひかわきょうこ「千津美と藤臣君シリーズ」の第1話「春を待つころ」にも、やっぱり「借り物競走」で「好きな人」と走る、という条件にとまどうヒロインが登場するからだ(借り物競走は少女マンガの伝統行事なのだろうか……?)。

 とはいえさすがに32年(!)をへだてているので、設定も行動もいろいろ変化している。千津美と藤臣君は、「頼れる先輩男子」と「頼りないドジっ娘後輩」のカップルだったが、紬と田上では女子の紬が先輩に。さらに、昭和54年発表の「春を待つころ」では困った千津美を見かねた藤臣君が助けてくれるが、平成23年発表の「ぽちゃまに」では借り物競走をきっかけとして、女子から男子へはっきり意思表示するのだ。

 オーソドックスなボーイ・ミーツ・ガールの少女マンガの形式を用いつつ、ヒロインにぽっちゃり女子を据えることで、恋愛の身体性を作品にもちこんだ本作。だが少女マンガとしての「肝」は、ヒロイン・紬が、太っていることでつらいめにあっても「たとえ世間の基準にあわなくても、自分は自分を好きでいる」と自己肯定して前を向く、健やかで魅力的な女子であることかもしれない。

 ぽっちゃりという思春期の女の子の身体の(世間的にはネガティブとされている)要素を真っ正面からとりあげつつ、偽善的にならず作品を成立させている本作は、少女マンガ的伝統をふまえつつも革新性をとりいれた、古くて新しい素敵な作品なのだ。





(川原和子)  

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