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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第62回 ヤマシタトモコ 『BUTTER!!!』 (講談社)

ヤマシタモコト『BUTTER!!!』

(C)ヤマシタトモコ/講談社

  高校に入学したら絶対、念願のヒップホップダンスをやると意気込んでいた元気女子・荻野目夏。だが入学した明彗高校のダンス部は、なんと「社交ダンス部」だった……!!  最初はとまどうものの、副部長(女子)のリードで初めて踊った社交ダンスは、思いの外ハード。「…あなたは上手くなれると思いますよ」とその副部長に言われ、がぜんやる気になる夏。他の新入部員は、宝塚大好き男子の掛井に、長身・猫背のメガネっ娘・柘植と個性派揃い。さらに、イヤイヤ入部したオタク男子の端場(はば)は、周囲の本気をバカにしたイヤミな態度ばかりとる。そんな端場に反発して、彼と正面からぶつかる夏。
 こんなバラバラなメンバーを迎える上級生は、妙に丁寧な口調に威厳を感じさせる副部長・二宮和美と、地味で気弱げな部長・高岡始。
 さて、いったいどんなダンスライフが始まるのか……!?

 部長たちの指導のもと練習を始めたばかりの社交ダンス部に、あるとき一人の見学者の男子がやってくる。「よく踊りとかできますよねー」「てっか 超〜うける…」と社交ダンスをバカにして感じの悪い発言を連発する見学者の登場に、徐々に反発を感じ始める部員達と、明らかに様子がおかしくなる端場。
 実は見学者・村谷は中学時代から端場をいじめていて、端場は村谷に入部届を勝手に出されてダンス部に入るハメになったのだ。練習中、村谷のからかうような悪意の視線に追いつめられうつむく端場は、ついに部員たちに、中学時代から村谷にイヤガラセをされていたこと、だが反撃もできないことを告白し、振り絞るように「笑えよ」と呟く。そんな、みじめさにうちひしがれたような端場の姿に思わず夏は「おっ踊ろ!」と叫んで彼の手を取り、強引に踊り始める。
 夏にひっぱられながらもステップを覚えぎこちなく踊る端場。「楽しくなくちゃダンスじゃないじゃん!!」と笑顔で言い切る夏の言葉で、端場のなかでなにかが変わったまさにそのとき、見学していた村谷がすぐ側で聞こえるように「…超ウケル」と冷水をあびせるような一言をつぶやく。
 だが、ここで初めて、端場はほとんど反射的に、ある行動に出る。
 なんと端場は、村谷の言葉にメゲずに夏を引き寄せ、踊りながら「超うける ダンス超うける!!!」と、村谷に言われたのと同じ言葉を叫ぶのだ。そんな端場の手の下で、夏はくるくる回り始め、楽しそうなその姿を見た村谷は気まずさをごまかすように退散していくのだった。

 端場をいじめていた男子・村谷のつぶやいた「超ウケル」は、「ダセーこと本気でやってるお前ら、笑えるわ」という意味合いのイヤガラセ発言だろう。だが、その直後に、端場はまさに村谷と同じ「超うける」という言葉をつかって「ダンス超うける!!!」と叫ぶことで、村谷に「ダンス、超おもしれえよ!!」と(言葉と行動で)言い返してたのだ。…ということが、マンガを読んでいるとわかるのだ。
 同じ言葉の意味が、瞬間、鮮やかに書き換えられ、見学者男子と端場の関係が逆転する爽快感は、痛快の一言。
 そして、人の本気を笑っていた端場がダンスの楽しさにめざめ、その様子を見てそれぞれひそかに喜ぶ部長・副部長。そんなダンス部のメンバーは部長の提案で、ゴールデンウィークには合宿までして、ダンスに取り組み始めるのだった。

 社交ダンスといえば、申し訳ないことにもっぱら中高年の趣味的なイメージを抱いていた。でも本作の中では、高校生の主人公達が、見た目の優雅さとは裏腹の激しい動きに悪戦苦闘し、「身体を動かす楽しさで、気がついたら課題を乗り越えてしまう」様子は、読者の私に「ダンス、超面白そう!!!」と思わせてくれる。そしてふだんは忘れがちだが、身体の状態というのが、意外なくらい本人の意識や問題とシンクロしていることにも気づかせてくれるのだ。
 さらに、社交ダンスは「相手あってのもの」。「ふたり」で踊るためには、相手のことを思いながら力を出し切ることが必要になってくる。しかも、男女ペアで。カッコつけたい反面、過剰なくらい「異性」を意識しがちなお年頃の彼ら・彼女たちが、これからどんな風にその課題に向かい合っていくのだろう。でも、一巻の時点で、本作は「素敵な青春もの」になりそうな予感と、こんなメッセージに満ちている。

 人の鬱屈を笑うな。
そして、なにかに取り組むなら、本気で。
だって、そのほうが絶対楽しいし!!!

 いろいろ表面的な風俗は変わっても、そーいうシンプルな真理は変わらない。そう思わせてくれる作品なのだ。

 作者のヤマシタトモコは、男子同士の恋愛を描いたボーイズラブの分野や女性向けマンガ誌等で、常に一定の水準を上回る作品を描いて注目を集めてきたが、本作は『アフタヌーン』(講談社)という主に男性読者向けの雑誌に発表され、作者初の巻をまたいだ連載となる。これまでも光っていた繊細さに加え、思春期の成長をモチーフにダイナミックな爽快感を味あわせてくれそうで、先が楽しみな作品なのだ。
(川原和子)

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