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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第93回 『姫ギャル・パラダイス』和央明(小学館)既刊6巻

(c)和央明/小学館 既刊6巻

(c)和央明/小学館 既刊6巻

 いかにマンガ好きといえど、世の中に流通しているマンガ全部はとてもチェックしきれない数。とはいえ面白いマンガを読みのがしたくない一心で、「最近面白いマンガ読みました?」とつい質問してしまうのだが、それで教えて頂いたうちの一作が本作、小学館から出ている少女誌『ちゃお』連載の「姫ギャル・パラダイス」だ。「へぇ、どんな作品?」と読み始めたらコレがビックリ、ちょっと体験したことのないめまいにも似た「クラクラ感」に襲われてしまった。

 派手〜なギャルが多い超渋谷高校に通う立川姫子は、とっても地味な女の子。そこに超美人の転校生・美神とちおとめ(注・人名)が現れた!

 美を追究した末に姫ギャル(お姫様スタイルのギャル)になったというとちおとめは、実はなんと、男の子! ジミでダサいことに劣等感を抱いていた姫子を、とちおとめは「自分と一生つき合っていくのは自分だよ」「どうせならかわいい自分とつき合っていきたくね――?」とおしゃれテクで変身させてくれ、困ったときは男の子姿(すごいイケメン!)に戻って守ってくれるのだった。そんな彼に恋した姫子は、オシャレに目覚め、つまずきながらも前進していく。

 ……というわけで、主人公・姫子が恋する相手・とちおとめは、超かわいい「男の娘(おとこのこ)」、というぶっ飛んだ設定。男にも女にも大人気のとちおとめは「オレの美しさを表現するにゎ もう男ファッションぢゃ追いつかないんだよね――」と、女装に後ろめたさは一切ナシ。そんなとちおとめが、さまざまな勝負やピンチを、毎回、姫ギャル流おしゃれテク(主に頭の上に髪を巻いてのせたり、飾りをのっけたり、という「盛り」が多用される)で解決、というフォーマットのお話なのだ。

 「男子の名前が<とちおとめ>」「とちおとめの服装は、教室でも頭にはティアラ、ヒールの靴にフリフリの傘」というだけでもそうとうなはっちゃけぶり。しかし、さらに話が進むにつれて「とちおとめの母の名は、とよのか。やっぱり頭上には高々と『盛り』が!」とか、「とちおとめのいとこ(男子)の名前はあまおうで、たれ目メイクにこだわりをもつ男の娘(フランス在住)」、そして「母が仕事でフランスへ行くので、とちおとめは母同士が旧友である姫子の家に同居」といったドキドキ設定が明らかになっていくにつれて、読者の私も「ああ、そういう世界なのね……」と、その一本筋の通ったぶっとび具合にだんだんなじんでくるのだった。

 さらにこの作品で独特なのが、とちおとめやライバルのボスギャル・真澄たちの言葉遣いだ。「姫ギャルゎ目立ってナンボ!!!」「お姫様ゎ こんくらいやンね→と」等々、「これは」の「は」が「ゎ」(小さい「わ」)に、「ー」が「→」に……という具合に、いわゆる「ギャル文字」が話し言葉に多用されるのだ。ギャル文字に縁のうすい私などは、ずっと読んでると「言語体系が我々によく似た異空間」に迷い込んだみたいで、「……コレ何語?」とだんだんクラクラしてくるのだった。

 ……と、初めはカルチャーショックに目くらましされていたのだが、表面的な「チャラさ」からは意外なくらい、姫ギャルの美を追究するとちおとめの言葉は、実はとってもまっとうだ。男子とうまく話せないと悩む姫子に「聞き役になればいーぢゃん!!」とアドバイス、おしゃれがわからない姫子を姫ギャル流に変身させてくれる(ポイントは常に「盛りまくる」こと! 頭に飾りをのせる「盛り」やアクセサリーをジャラジャラつけるのも「盛り」。盛れば盛るほどテンションアガる――らしいッス)。

 初期の姫子もそうだったけれど、地味な自分の容貌にコンプレックスをもっている女子には、とちおとめは「ギャルゎ自分の目の大きさは自分で決める!!!」と言い放ち、その強引ともいえるメイクテクを披露するのだ。

 そんなとちおとめの信条は「女の分かれ道ゎただひとつ。かわいくなろうとするか・しないか。」

 そう、「かわいいは正義!」と言わんばかりのとちおとめは、「やりすぎくらいがちょうどいい!」と姫ギャル道を驀進。そのやみくもにド派手〜でキラキラふわふわした世界は、ほとんど極楽である。その底にあるのは、ゆるぎなき自己肯定&「女子のかわいくなりたい気持ちを肯定する精神」なのだ。

 思えば私が小学生のころの『りぼん』を席巻していた「乙女ちっくマンガ」では、姫子のような地味で(あえて悪意ある表現をすれば、ぱっとしない)心やさしい女子が、男子に「そのままの君が好きだよ」と言われる展開がよく見られたものだ(このあたりは拙著『人生の大切なことはおおむね、マンガがおしえてくれた』第1章「あなたに…」の回に切々と綴っているので、未読の方はぜひ! と思わず宣伝)。

 だが21世紀の現在、小学生が読む『ちゃお』掲載の本作では、「どうせ私なんて」といじけていることは許されない!女子以上に美しい男子が、「いぢけてねぇで盛ってかわいくしてテンションアゲてこ→ぜ!」といわんばかりにおしゃれ指南してくれちゃうのだ。

 女姿では女子のファッションリーダー、そして男姿では超イケメン。そんなとちおとめは「女子の心をよくわかってくれる、夢のスーパーヒーロー」だ。現実には男子は、女子にとって時に価値観が共有できない「他者」であることも多いけれど、この作品ではとちおとめは基本、「自分の好みでかわいくなれれば、オゲ(OK)!」というメッセージを発している。その過剰なまでのキラキラふわふわした世界を貫く「<かわいい>の全肯定」と「自分が好きなもの着て楽しくなるのが一番じゃね?」という価値観は、現実の世界では必ずしも手放しで受け入れられないものだけれど、だからこそ小学校低学年を中心とした少女読者に読まれる「物語」として、痛快なのだ。セリフのギャル文字や、とちおとめの女姿からイケメン男子姿への早変わりなど、マンガならではの表現も楽しい。

 「でも現実には、男子って、姫ギャル的なデコりすぎの女子には、ひくよね……」などと「女子の好きなかわいい」と「モテ」との相性の悪さに思いをはせてしまうオバちゃん読者のわたくし。しかし、実は本作の中でもその点にはさりげなく(?)触れられているのだ。

 バレンタインを前に、女子達がモテモテのとちおとめにモテの秘訣を伝授してもらう回がある(4巻)。「男(メンズ)ウケファッションも使いこなして女度アゲるヨ↑↑」ととちおとめが提案するのは、シャープな黒じゃなく、柔らかめの茶を基調にした品のいい「甘盛り・クラシカルお嬢様ギャル」ファッション。さすが男でもあるとちおとめ、男子の好みはあくまで保守的、ってこともちゃーんと知っているのだ。でも、男子の好みにあわせるのはギャル的にはあくまで「使いこなす」選択肢のひとつ。必要な時はそーゆーテクも使えるけれど、ふだんは「やりすぎ上等」でメチカワ(めちゃかわいい)ファッションにマジパねえ(本気で半端ではない)盛りを見せるところ、そしてコビたりキョドったりせず堂々といかちぃ(強い・カッコイイ)歩き方で闊歩するのが、21世紀のギャルの鬼カワ(すごくかわいい)なところなのだ。その心意気、注釈なしだとギャルがなに言ってるかよくわからない昭和生まれのオバちゃん読者(私)も、思わず支持したくなる。

 さて、そんな「姫ギャル・パラダイス」も、9月3日発売の『ちゃお』10月号で最終回! 現在『ちゃお』は小学生をメインターゲットにした少女誌のなかではブッチギリでトップの人気を誇っている。その魅力のひとつが、豪華なふろく。特に、8号のふろく「姫キラ☆せんぷうき」には度肝をぬかれた。携帯用の超小型扇風機なのだが、回転する羽根から文字が浮かび上がるという楽しい仕掛けつきなのだ(安全性に配慮してか、羽根が柔らかい素材でできていたので、残念ながら涼しさはイマイチだったが、こんな豪華ふろくがついて530円なら大人気も納得!である)。

 本作がラストを迎える10月号は、『ちゃお』35周年記念で「らぶステショ7!!」と銘打って、ノート、ふせん、シャープペンシル(DVDも!)など7種類のステイショナリーがふろくについてくるそう。「ふろくもまんがもアニメも盛りまくったよ♪」だそうで、ここでも「盛り」健在なのだ。小さいお子さんがそばにいないと縁がうすい少女誌だと思うが、とちおとめと姫子の行く末とともに、『ちゃお』のふろくの「盛り具合」に興味のある方は、一度手に取ってみてほしい。とにかく、グラビアからマンガ、ふろくにいたるまで「読者を楽しませよう!」という精神に満ちた「盛り」を感じることうけあいなのだ。

 ここまでの紹介でお気づきのように、「姫ギャル・パラダイス」は、現実そのものではなくて「幼い女の子の夢や憧れ・願望」を流行でコーティングしたような作品だ。ちょっとどぎつい色合いだけど、とてつもなく魅惑的で見るだけでワクワクしてテンションがアガるカラフルなデコレーションケーキ。たとえるならそんな存在。こ〜んなメチカワなケーキみたいな作品を読めて、『ちゃお』読者マジうらやましい! と思った次第。夏バテの体にカツをいれてくれる快作、ぜひトライしてみてほしい。




(川原和子)  

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