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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第6回 『OL進化論』 秋月りす (講談社)

OL進化論 表紙

(C) 秋月りす/講談社

 今回取りあげるのは、『モーニング』で1989年から連載している、秋月りすの4コママンガ『OL進化論』。
 ……とこう書いて、「えっ、2007ひく1989で、えーと、もう18年も連載してるんだ!!」と改めて驚いてしまった。2004年には、作者は本作をはじめとする一連の作品で手塚治虫文化賞の短編賞を受賞。きちんと評価もされ、いまや安定した超・長期連載となっているのがこの作品なのだ。
 しかし贅沢なことに、だからこそこの作品はまるで空気のような存在になっていて、たとえばマンガ好き同士で会ったときに、改めて勢い込んで「いや〜、『OL進化論』、面白いよねえ!」と語り合うようなことは、残念ながらあまりない。でも、だからこそ私は今、あえて言いたい。「『OL進化論』は、すごい!」と。
 どこがどうすごいのかというと、まず、イヤミのない、かわいくデフォルメされた絵柄がとてもいい。ところがその絵柄で、実はけっこう硬派だったり辛口だったりする内容を、さらっと描いているところにいつも、ニヤリとしつつも「むむ、デキる……!」と唸ってしまう。いや、もちろん基本は、うっかりちゃっかりOLのジュンちゃんや同僚、その上司のぼーっとしつつも要所はおさえる課長、といった人たちの織りなす「ほのぼの」4コマエピソードなのだ。でも、その間にはさみこまれる、等身大の目線で時代を浮かび上がらせる4コマ作品での作者の力量は、他の追随を許さないと言っていい。晩婚化の時代を映し出した連作シリーズ「35歳で独身で」は最近、セレクションとして単行本にまとまったくらい人気があるようだ。
 たとえば、男女の独身の友達を「趣味が似てるからいいかも」とひき会わせたら、「いいトシしてジャニーズのおっかけ!?」「30過ぎのアイドルおたく!?」とお互い非常に悪印象で、すっごくきまずく別れた、というエピソード。それを聞いて「近親憎悪ってやつかしら」とつぶやくひきあわせた友人。はたからみると似てるのに……というのが、なんともいえずありそうで、おかしい。
 はたまた、どんな温厚な人でもあまりに理不尽な言葉にはキレるよね、と前フリして、子供は最低二人産んでねー、男より給料安いけど仕事も続けてねー、保育園? 家事? 自分の才覚でがんばってよ、と要求ばかりつきつけられて、「日本中の女がーちゃぶ台バーン それが少子化なのー」と新聞読みながら歌うOLが登場したり。
 たった4コマで読者をあはは、と笑わせつつ、ドキッとするスルドい指摘をたまにまぜる、そのバランスがなんとも粋なのだ。
 それからなんといっても、ネタの面白さの打率が安定して高いのがすごい。そのすごさを「どう、すごいでしょ、すごいでしょ」って顔をしないで、淡々といい仕事をしてるところがまた、カッコいいのだ。
 作者は文庫版8巻の見返しコメントで、自分は興味のないことを取材してまで描かない主義なので、「この作品は普通のOLや会社員が出てくる普通の四コマ漫画のつもりなんですが、カラオケもドライブもほとんど出て」こないが、「これでいいのだ。私がふつうなのだ。“平均的”と“ふつう”はちがうのだ」と語っている。

 “平均的”と“ふつう”はちがう。

 そう、秋月作品は、「平均的」じゃなくて、「ふつう」の人たちのお話だ。
 たとえばこの作品に出てくる女の人の体重だ。メディアのなかに登場する、タレントの細ーーい女の子ちゃんたちのプロフィールを見てると、まるでこの世の女の子はみんな40キロ台の体重のように思えてくる。だけど、本作の、別に太ってるワケじゃない「ふつう」の女子たちの体重は、たいてい50キロオーバーだ。日夜ダイエットと食欲のはざまで悩む彼女たちは、なにも10キロやせてモデルみたいになろう、なんて思ってるわけじゃない。食べ過ぎてキツくなったスカートに危機感を覚え、「この2キロで9号サイズが11号に!」、「ここで踏ん張らないとたいへんなことに!」というレベルのセコくも切実な悩みのために、美味しいケーキの誘惑と戦うさまがネタになっているのだった。うーん、なんというリアリティ。絵柄はシンプルでかわいいのに、「そーいうリアリティ」に関しては、作者は容赦しないのだった。
 そんなこの作品は人にたとえると、「いつもニコニコしてて人当たりのいい同僚の女性と、いざじっくり話してみたら、けっこう毒のある、でもかなり的を射た意見を言う人で、嬉しい驚き」という感じに似ている。すぐそこにいて一見目立たないけど、いやぁ、なかなかどうして手強い彼女。そんな感じ。
 そして、「ふつう」の人の本質をつくような面白い作品を描き続ける、ということは、「すごい」人にしかできないことだ。
 感じのいい「ふつう」の彼女は、あなどれない。
 「彼女」を読まないで素通りするのは、かなり、もったいないのだ。(川原和子)

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