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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第68回 水城せとな 『黒薔薇アリス』 (秋田書店)既刊4巻

水城せとな 『黒薔薇アリス』 秋田書店

(C)水城せとな/黒薔薇アリス

 世の中で「恋愛」とされていることを、それは本当に恋愛か? とじっくり見ていったら、どれくらいのものが残るんだろうな、と思うことがある。

 たとえば、結婚には「恋愛結婚」と「お見合い結婚」があるとされている。でも「恋愛結婚」の内実を子細に見れば、結婚にいたる判断には、「恋愛」以外の要素(たとえば打算や保身やエゴ)も驚くほど多いのでは、という気がするのだ。
 そして一方で、いわゆる混じりけなしの恋愛――お互いにこの人じゃなければダメだ、という強い衝動に貫かれた純度の高い「恋愛」――に基づく結婚、文字通りの「恋愛結婚」というのがあったとしたら、それは実は、純粋で衝動的であるが故に、長く安定して関係を続けていくのはけっこう難しいものじゃないかな、などと思ったりもするのだ。
 そんなことを考えていると、なんだかちょっと怖くなる。愛の内実なんていうのは、あんまりじーーっと観察すべきじゃないのかも、と思えてくる。たとえるなら、遠目にはひどく美しい絵画に魅入られて、ついふらふらと近くに寄ってよく見てみたら、実はひどくグロテスクな模様の集合でできていて思わずぎょっとする――そんな体験をしてしまいそうで、恐ろしくなってくるのだ。
 けれど、そんな絵画が、独特の魅力を放っていて怖いのに目が離せない場合がある。構成物には生々しくおぞましいものが含まれているのに、いやもしかしたらそれ故に、それらが織りなす作品が、ひどく蠱惑的で美しいことがある。
 そして、作者・水城せとなの近作はなんだかそんな、ダークな要素をもちながら遠目にはとても美しい絵画のような魅力を放っているように感じられるのだ。

 『黒薔薇アリス』は、1908年のウィーンから始まる。テノール歌手の青年・ディミトリは、身分違いの貴族の娘で親友の婚約者でもあるアニエスカを密かに想い続けていた。あるとき不慮の事故にあい、一命をとりとめたディミトリだったが、彼の前にマクシミリアンという青年が現れ、ディミトリがヴァンパイアになったと告げる。不老不死のヴァンパイアが死ねるのは、繁殖を終えたとき。マクシミリアンの言葉に、葛藤の末、アニエスカを力ずくで我がものにしようとするディミトリ。だが、抵抗する彼女は自ら死を選ぶ。
 そして100年後――2008年の東京。真面目な高校教師の梓は、教え子の光哉からの好意と自らの立場の板挟みで揺れ動いていた。そんな折、梓と光哉はともに事故に遭ってしまう。生死の境をさまよう梓の病室に現れたディミトリは、魂を差し出せば光哉を助ける、という不思議な取引をもちかける。その条件を受け入れた梓が眠りから目覚めたとき、梓の肉体は、見慣れぬ美しい異国の少女になっていた。梓の魂は100年前に死んだアニエスカの肉体に移し替えられたのだ。そして目覚めた梓を待っていたのは、ヴァンパイアの男四人が暮らす洋館だった。梓はここで四人のうちのもっとも優れた一人を選び、「繁殖」することを要求される。彼女は「アリス」という新しい名前を手に入れ、洋館で、四人のヴァンパイアの男にかしずかれて暮らすことになる――。

 28歳のお堅い高校教師だった女性が、美少女の肉体を得て、ヴァンパイアの美男四人に囲まれ「アリス」という新しい名前を得て、古びた洋館で暮らす。  非現実的で、ある意味うっとりするようなロマンチックな設定なのだが、随所に現実的な要素があるのが作者流だ。
 ヴァンパイアたちとアリスが住むクラシカルな洋館は、なんと日本の渋谷駅から徒歩10分の場所にある。そして、見た目は美少女でも中身は28歳のアリスは、ヴァンパイアたちの優秀さを見抜くために、たとえばカフェの改装という現実的な「課題」を彼らにもちかけることができるしたたかさももっている。ヴァンパイアといってもディミトリ以外は見た目は優しい普通の日本の男子たちだし、アリスも基本は「なぜこんなことに……」とおおげさに煩悶することもない。ヴァンパイアという幻想的ともいえる存在を描きつつも、どこかクールで、現実世界との接点を感じさせる世界観なのだ。
 そして、人間の死体に寄生し、人の血や死肉から養分を吸って生きるヴァンパイアは、その姿の美しさと裏腹に、グロテスクな方法で養分を摂取していることが描かれる。さらに、「繁殖」を終えれば、オスもそれに協力したメス(人間の女)も命を終えてしまう。生涯一度きりの交わり、と呼べばひどくロマンチックな響きだが、その絶命する姿も衝撃的だ。
 なにより、アリスに男たちがかしずいているのも、結局「繁殖」のため、というのが象徴的だ。ディミトリたちとアリスの一見優雅な生活はつまり、ヴァンパイアという種族が生き延びていくために、メスが優秀なオスを選んでその種を残すための行為なのだ。ディミトリは、アリスへその目的をズバリと宣告する。
 「我々はあなたのその体を使って繁殖を行いたい」。

 とてつもなくロマンチックな要素をちりばめながら、その究極の目的はひどく殺風景で身も蓋もない生き物としての本能。しかも、それを要求するのはヴァンパイアという「一度死んでいる」存在なのだ。  だが、こんな皮肉な設定によって、作者は「愛の内実」を容赦なく暴いていくように感じる。とても美麗なタッチで、一見、うっとりするほど華麗な世界。だがその根底には、おぞましい欲望やエゴが渦巻いていることまで描いていくのだ。

 そんな作風は、作者が現在も連載中の『失恋ショコラティエ』にも感じられる。

 『失恋ショコラティエ』は、チョコレート好きな女性・サエコを振り向かせたくて腕を磨くショコラティエ男子・爽太(そうた)を中心とする人間模様を描いた作品。パリで修行した爽太が丹念に作り上げるチョコレートは、ドロドロした罪深い欲望の結晶でありながら、とても美しい。爽太の片想いの相手・サエコは、爽太が行き場のない恋情を原動力にして作る美しいチョコレートを口に含み、その味に酔いしれる。そんな描写に、「チョコを食べる」のは、実はとてつもない官能を味わいながら対象を肉体に取り込んでゆく背徳的な陶酔でもあると気がつかされる。『失恋ショコラティエ』におけるチョコレートは、爽太の、そして登場人物達の欲望の象徴なのだ。

 『黒薔薇アリス』も『失恋ショコラティエ』も、「この先、どうなるの?」とわくわくしながら読み進めるうちに、気がつくと作者の描く「愛」という美しい絵画の構成物には、実は黒い感情やエゴや欲望が渦巻いていることに直面させられてしまう。物語のテーマと設定が見事に融合していて、毒を含んだ出色のエンターテイメント作品になっているのだ。
 この絵画はこの先、どんな形で完成していくのだろう。ひょっとしたら、どうしようもない業や欲望の先にある美しい何かが浮かび上がってくるのかもしれない――。いや、現時点ですでに、ダークな色彩も取り混ぜながら描かれたこの絵画は、充分美しいのだけれど。
 あまりに現実離れした「耽美」はちょっと苦手、でも読み応えがある物語を探している、という読者にも、『黒薔薇アリス』はぜひオススメしたい。幻想も美もそして毒もあるが、どこかに現実味を感じさせるクールな視点を同時にもつ本作は、大人にも、いや大人にこそ味わって欲しい物語なのだ。

(川原和子)  

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