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系統樹ウェブ曼荼羅

第1回 世界を覆いつくすエルンスト・ヘッケルの時空系統樹

 このたび連載を始めることになった〈系統樹曼荼羅〉が目指すところは、「系統樹」というキーワードを手がかりにして、古今東西にわたってさまざまなオブジェクトの分類システムあるいは体系構築を目指した図像を解説とともに呈示することにある。

 系統樹や分類ということばはこれまで動植物の博物学(ナチュラル・ヒストリー)と関連づけて論議されることが多かった。しかし、関連資料を探索するにつれて、系統樹は単に生物だけをターゲットにしていたわけではないことが見えてきた。多様なオブジェクトを人間にとって理解しやすくするための図形言語あるいは表現手段として、系統樹は生物学や博物学を越えたもっと広い視野のもとにとらえ直す必要があるだろう。系統樹は「図像」という表現手段によって、オブジェクトの多様性のもつ情報を貯蔵・伝達するという大きな役割を背負ってきたのである。

 それと同時に、「絵」としての系統樹は独自の美的要素を色濃く帯びている。連載初回に登場するのは、19世紀のドイツを代表する進化学者だったエルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel, 1834-1919)である。彼は、ドイツ中部の名門イェナ大学を足場として研究活動に励んだ。生物界全体に及ぶ系統発生に関心を抱いた彼の名は、現在では、「生物発生原則」すなわち「個体発生は系統発生を繰り返す」という学説の提唱者として広く知られている。しかし、ヘッケルの本領は、情報伝達ツールとしての系統樹の美的観点を一般に知らしめた点にあった。若い頃から画才に恵まれたヘッケルが描き続けた系統樹は生物学のみにとどまらず、グラフィック・デザインの分野にもその強い影響を及ぼした。

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 上図は、ヘッケルの著書『人類進化論』(1874年初版:*2)に載っている人類進化の系統樹である。原始的な仮想単細胞生物(Moneren)を根として上方に力強く伸びる樹木の頂点にはヒト(Menschen)が他のすべての被創造物を見下ろしている。ヘッケルの描く系統樹の大きな特徴は、リアルな「樹」をイメージさせる点にある。古来からの図像学的伝統のひとつである“生命の樹”に、ヘッケルはそのたぐいまれな画家的才能によって新たに息を吹き込んだ。

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 上図は、同じくヘッケルの『自然創造史』(1868年初版:*1)の巻末に折り込み図版として添付されている「人類分布拡大図」である。ヘッケルは中近東(アフガニスタン付近)が人類全体のルーツであると仮定して、そこに根をもつ人類(彼は12の「人種」があるとみなした)の系統樹を世界地図の上にマップした。時間的な生物の進化に空間的な次元を付与したこの系統樹は、ヒトという生命体がこの地球全体を埋め尽くす時空的な存在であることを読者に強く印象づけている。

 この連載では、毎回いくつかの図像を取り上げ、いわばサイエンスとアートをまたぐ領域で開花した「系統樹」という図像のもつ今日的意味をいまいちど見直していきたい。

参考文献
*1) Ernst Haeckel 1868. Natrliche Schpfungsgeschichte. Georg Reimer, Berlin.
*2) Ernst Haeckel 1874. Anthropogenie oder Entwickelungsgeschichte des Menschen. Verlag von Wilhelm Engelmann, Leipzig.


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