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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第113回 『青空エール』 河原和音(集英社)

『青空エール』 河原和音(集英社)

(c)河原和音/集英社 既刊14巻

 世の中でよい、とされているドラマを、ときどき受け入れられないことがある。「明るく前向きなヒロインの活躍」が描かれているはずなのだが、世界観や描写に説得力や深みがないと、ときに「鈍感ゆえにパワーをもてあました人の独善的な正義の押しつけ」に感じられてしまい、げんなりしてしまうのである。

 小野つばさは小学生の頃テレビで見た、甲子園のアルプススタンドで応援の演奏をするブラスバンドに憧れ、吹奏楽と野球の名門・白翔高校に入学。初心者ながらも憧れのトランペットに挑戦するが、周囲はレベルの高い経験者ばかり。試練の連続にくじけそうになりつつも、クラスメイトで野球部の山田大介に励まされて、甲子園で大介を応援することを誓うのだった……!というのが、本作のあらすじ。

 文化部のなかの体育会系ともいわれる体力的にハードな吹奏楽部だが、全国大会常連の名門・白翔高校ブラバン部には、必然的に中学でもトップクラスの演奏力をもつメンバーが集まってくる。そこで「高校から始めた、まったくの初心者」であるヒロイン・つばさは、そのすさまじいハンディをどうにかして埋めなくてはいけなくなる。
 これまでの多くのマンガでは、そういったギャップを埋める大きな要素は「才能」だが、つばさには特別な「才能」はない、という設定だ。……ということは「努力と根性」でなんとかするしかないことになる。ただでさえハードな練習の中で、さらに人一倍の努力をするつばさ。
 さらに、いつもうつむいてばかりいた自分を変えたい、と意を決してブラバンを始めたつばさを励まし続けるクラスメイトにして野球部のホープである山田大介くんは、ものすごい人格者男子。常に笑顔で弱音ははかず、いつもつばさを柔らかく受け止めて的確なアドバイスをしてくれるさわやか少年である。最初は彼を友人、と思っていたつばさも、やがて彼への恋心を自覚してゆくことになる。
 ひたむきなヒロインが、部活と恋にまっすぐ向き合い全力投球する。そんな本作は一見、ものすごく直球な青春マンガに思える。
 もちろん「そういう作品が大好き!」という方には自信をもってオススメしたいが、実は私自身は、冒頭に書いたとおり、場合によっては「前向きすぎるドラマ」には拒否反応が出てしまうタイプの読者なのである。ポジティブはいいのだが(むしろ好きだが)、「自分の正義を押しつけてくる人間」だけは、フィクションの登場人物といえど好きになれない心の狭い読者なのだ。ひねくれててすみません。
 そんなメンドくさい読者の私だが、前向きでまっすぐなヒロインとさわやか野球少年のお話である本作には、不思議なくらい素直にひきこまれて楽しんでいるのだ。
 なぜだろう?と考えてみて、改めて、この作品にはりめぐらされた知的で周到な計算に気がついた。

 これまでまわりに「無理だよ」と言われやる前からあきらめてきたけれど、今度こそ自分の気持ちに正直に、と吹奏楽部に入部したつばさだが、やっと本気で上を目指せると思っている経験者からはレベルを下げるから「辞めてほしい」と言われ、顧問の教師は内心「一番使えない奴は一生懸命やるバカ」と、彼女の頑張りを冷たく見ている。野球部員で大介の友人でもある城戸は、たびたびつばさに「思い込み強いよね」等とつっこむし、クラスで(暴走タイプの)つばさが浮かないのは、(友人である)陽万里のおかげだ、とも口にする。部活ではさらに何度も何度も、つばさがさまざまな角度から批判されてしまう場面が描かれる。がむしゃらに前進しようと頑張るつばさは、客観的に見れば現代では、ある意味で「痛くて変な人」でもある、と暗にほのめかされているともいえる。もちろんつばさは、大介や陽万里によって肯定されはげまされるし、意地悪なところのないいい子なのだが、そんなヒロインを作中で無条件に全肯定するのではなく、つばさへの冷静な(あるいは冷たい)視線も適度に、ある程度もっともな判断として描かれ相対化される部分が、私のような読者もはじかれない要素なのではないだろうか。

 思えば、アラフォーである私の義務教育時代にはまだ尊いこととされていた「頑張ること」だが、21世紀もなじんできた2014年の現在、「頑張り」の評価はとても微妙だと感じる。かつては、たとえ結果に結びつかなくても真面目に頑張ることこそが大事、とすら言われ、努力家は「ひたむきな人」と称揚されていたのに、いまは「結果に結びつかない努力を過剰にする人」は、ただの「頭のよくない人」扱いされることが多い。へんに無駄な努力をする人より、空気を読んで場に適応し、最小の労力で最高の結果を出せる人が洗練された素敵な人……というのが、今の時代の「望ましい人物像」の平均値だろう。

 そもそも少女マンガに「部活マンガ」自体がとても減っている気がする。本作の掲載誌『別冊マーガレット』は学園を舞台にした作品がほとんどをしめているが、そのなかでもこれほど部活を頑張っている作品は他にないと思う。作中で、つばさの友人で中学時代の部活経験者の陽万里が口にするように、はっきり言えば部活をいくら頑張ってもほとんどの人は、それで将来食べられるようになるわけじゃない。なのに、吐くほどの苦しい練習を毎日したりする、効率悪いことこのうえない活動。それが全国レベルを目指す「本気の部活」なのだ。少女マンガの世界では、部活ではなく、恋とコミュニケーション、バイト(たまに家事)を頑張る女子が圧倒的主流になるのもごくごく自然なことだし、それはそれで面白い作品もたくさん描かれている。

 だが、高校では部活をあきらめた陽万里は「頑張る」つばさたちを心から応援するし、ときにうらやましくすら思うことも、また描かれる。自分が信じ切れなかったこと、あきらめた大きな夢を、彼女・彼らは信じて、必死で努力している。そのこと自体のもつ熱は外から見るとときにまぶしいし、そして思春期という心と体が大きく変化する時期に、ときに相乗作用でびっくりするぐらいの成長がおきることがあって、それは本人にも周囲にもとても大きな感動をもたらす、ということも、私たちは心のどこかで知っているのだ。
 最初はつばさを冷たく見ていた顧問の先生も、やがてつばさのやる気を認めるようになる。そして、こう言うのだ。 「あんなやる気だけの下手くそが メンバーになって全国行くなんてファンタジーなんだよ」「だけど時にはそういうことがないと 夢がないだろ」
 顧問の先生のこの言葉は、直接的には指導する生徒の実力を劇的に伸ばしたいという心情吐露だが、同時にメタ的な視点からマンガというジャンルに対して「リアルそのものじゃないけれど、ひょっとしたら起きるかもしれないファンタジーを、説得力をもって描いて見せる!それがマンガだから!」という、高らかな宣言でもある、と思うのだ。

 熱い「部活マンガ」であるだけでなく、娯楽作品としても周到だと感心するのは、主要人物としてタイプの違う素敵男子が登場することだ。つばさに優しい野球部の大介は温厚でおおらかな大柄男子で、対照的につねにつばさに厳しい同じトランペット奏者(でも超優秀)の水島は、毒舌だけど内側に熱さも秘めた小柄なイケメン。言ってみればそんな「白王子」(山田)と「黒王子」(水島)がいることで、少女マンガ的なときめきもきちんとおさえているのだ。ちなみにたいていの少女マンガを読むときは、自分の年齢に関係なく「この男子は素敵だなあ」と思って図々しくヒロイン目線で読んできた私も、本作の山田くんはあまりに人間ができているせいか「こういう子が息子だったら嬉しいだろうなぁ……」とつい冷静に考えてしまった。が、家にこもってマンガばかり読んでる超インドア人間の私の息子がこんなさわやかスポーツ少年だったら、「もしや病院で取り違えられた!?」と不安になりそうでもある。そしてズバズバと厳しい(しかし、本当の)ことを言い放つ水島の存在が、私のような「善意のおしつけアレルギー」な読者をも、この物語に違和感なくひきこんでくれるのだ。

 読みすすめるうち、本作で描かれる、勝利を目指す「部活」の人間関係は、お互いが好きでつきあう友人とは、また違う関係性なのだということに気づく。つまり当たり前だが「部活」とは、同じ目的のために団結し、切磋琢磨する「チーム」なのだ。本作では部活のキツい面、理不尽な面もかなり描かれるが、「掲げた目標にどうにかしてたどりつこうと自分の限界まで頑張る」ことでしか得られない、充実感や成長の喜びもまた、確かに描かれている。言い古されたことだけれど、「勝敗は関係ない」というのは、勝利にこだわり抜き、ひたすらそれを目指してとことんやった人が口にするときにだけ、特別な尊さを宿すのだろう。
 また、つばさの最初の目標である「スタンドで野球部の応援をする」夢は早々にかなってしまうけれど、つばさが単に「応援だけする人」になるのではなくて、自分自身の夢=吹奏楽の全国大会での優勝メンバーになることにむけて努力していく展開も、いいなあと思う。特に女子の場合、現実には「自分の頑張りや実績・結果」が、ときに好きな相手(男子)のプライドを傷つける……ということが起こったりもして、社会的自己実現と恋愛的自己実現のあいだで引き裂かれたりもするのだが、本作のつばさと大介は、お互いの努力がお互いを支え合う展開だ。連載中の本作で、もしこの先大介が甲子園に出場することになれば、タイトル通りまさに青空の下、スタンドから彼を「音楽」で応援できる。つまり、自分の努力が好きな人の応援とも(結果的に)直結する、という構図で、つばさが自分の夢へと直進する道と、彼への応援が見事にクロスする……というところが、現代的で素敵だな、と思うのだ。

 作者の河原和音氏は、同じ『別マ』で現在ヒット連載中の「俺物語!!」の原作者でもある(作画はアルコ氏)。河原氏は以前「友だちの話」で山川あいじ氏に原作を提供したこともあり、素直でさわやかな作風ながら、同時に、他の作家の資質を見抜いて物語を提供できる観察眼とそれを活かす原作を作れる力量をもちあわせた実力派の作家であることがわかる。「『青空エール』のマンガ連載をしながら、同時に同じ雑誌で他の作家に原作提供」というタフな活躍ぶり(そして両作とも面白い!)がそれを証明している。
 ストレートな成長物語でありながら、実に周到な目配りのきいた娯楽作である本作。読まない手はないのだ。




(2014年4月4日更新)





(川原和子)

※編集部より
「おすすめマンガ時評」は今回で最終回です。
リニューアルの号より川原先生による新しい連載が始まります。
乞うご期待

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