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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第95回 『路地恋花(ろぉじコイバナ)』麻生みこと(講談社)

(c)麻生みこと/講談社 全4巻

(c)麻生みこと/講談社 全4巻

 古都・京都にある、職人や芸術家たちが集う長屋を舞台に、恋模様を描いたオムニバス作品である。

 綴じ本職人、キャンドル作家、オーダー花屋、万華鏡作家、靴屋……と、長屋の住人はそれぞれこだわりをもって何かを作り、それを売って暮らしている人々だ。

 作者はこれまで白泉社の少女マンガで活躍してきた麻生みこと。青年誌『good!アフタヌーン』での連載である本作でも、描きようによってはかなりドロッとした感じになりかねない題材も多いのに、持ち味の端正でありながら軽く上品な描線で、さらりと読める仕上がりになっているのだ。

 たとえば才能をもちながらのほほんと欲のない画家・巽篤郎を学生時代からサポートしてきた雛子が、彼を飛躍させるために姿を消す話(1巻第3話)。挫折して東京から逃げてきた小説家・伊沢と、周囲になじめず伊沢になつくロリータファッションの少女・ナオミの恋(1巻第4話、2巻第7話)。ひきこもってなまめかしい美少女ドールを作り続ける芸術家肌の鷹志と、彼に人形作りを依頼するミもフタもないくらい率直な劇団員の樹安のエピソード(4巻第17話)。どれも、ひょっとして深くのぞきこめば目がくらむかも、と思わせるような人の業を秘めながら暗い方へ転ぶことはなく、そんなふうに描ける作者のバランス感覚のよさ、さわやかな読後感は驚異的なくらいだ。

 そして、その恋の形もまたさまざまだ。女たらしのオーダー花屋・一松(いっしょう)が女性トラブルのせいで検察庁で出会う美貌の女性検事・月森。頑なな月森に一目惚れした一松は、花を通じてアプローチし距離を縮める。だが、その恋の行方は片方がある種のマイノリティであることで、ちょっと意外なツイストを見せる。その「意外さ」すら、本作ではさらりと描かれていて、まるで「いろんな人がいはるんやから、いちいち大げさに騒ぎ立てることとちゃいまっしゃろ」とでも言われているかのような気分。でも、その一見軽やかで実は懐は深い感じが、なんだかとてもいいなあと思うのだ。

 さて、それぞれユニークなこだわりでもの作りに励む長屋の住人たち。だが誠実な仕事ぶりに比べて、皆、あまりもうかってはいない、ということが、はしばしで語られる。人によってはときに副業をしたり仕送りをもらっている人すらいる。でもまあ食えているからいいか、というスタンスが彼ら・彼女らの主流だ。

 そんななか、違う価値観をもった人が登場する。銀細工職人の光生とお嬢様の常連客・風花。1巻ですったもんだの末つきあい始める二人だが、最終巻の4巻では風花の父がいきなり光生の店であるシルバーアクセサリーショップにやってきて、商売としてなってないとまくしたてる。大阪で手広く飲食業を営む父は「細々とでもこだわり持ってやっていければと……」と言う光生に「細々続けるんがどんだけ大変か分かっとんのか――」と一喝。世間の時流に関係なく細々売れ続けるのは1回大きく名前を売った人だけ。「一人で作品作って一人で売ってて商品を『作品』とか言うインフルエンザひとつで路頭に迷いそーな男に娘をやれるかボケ」ともっともなことを言われ、落ち込む光生。

 光生にとって最初は「金の亡者」に見える風花の父だが、高級フレンチ、鰻に中華とバラバラな経営内容も「どっちも旨いやろ?」「いい料理人おるから店出させる それだけや」と彼なりの筋があることが見えてくる。そんな風花の父の発注で、光生は彼の店にしては規模の大きな仕事を引き受けるが、思惑違いや人を使う大変さで追い詰められ、お嬢様育ちでふわふわした風花と喧嘩をしてしまう。だが最終的に必死でやりとげたこの仕事で光生はいままでと違った視点を手に入れ、風花もちょっと成長し、光生は長屋を「卒業」することになる。

 世の中の早い動きとはちょっと距離をおいた職人たちの集まる長屋は、まるで時間の流れが違うかのよう。でも彼らが売るのは「作品」であると同時に「商品」でもあるし、生きていくためには「商品」としての戦略も必要だ。浮世離れして見える長屋の物語にあえてシビアな価値観を登場させることで、この物語自体によりいっそう立体感が加わる。そして、長屋の住民が移り変わっていくことも、少し寂しいけれど、とても自然で素敵なことに思えてくるのだ。

 完結の4巻が9月に発売され、全編通読してみると、若い男女なのに長屋の住民同士が恋に落ちることが実はほとんどない、ということに気がつく。最後にそれに近いエピソードがあるが、その「落ち着きどころ」も、「カップルになってめでたしめでたし」というのとはちょっとズレた着地点だ。

 仕事でも、かろうじて花屋と手作りキャンドル屋のふたりはブライダルを一緒に手がけたりはするが、せいぜいそれくらいで、基本はお互いそれぞれ……というスタイルだ。住人同士が共有するのは、互いの生存確認とたまの世間話くらいなのだ。

 本作の人と人との距離感を、物足りないと感じる人もいるかもしれない。が、強いこだわりをもってものを作る人同士の共同体は、ひょっとすると一見あっさりしすぎるくらいの距離感がないと成立しづらいかも、と思うのだ。いや本当は、クリエイターに限らず、人が気持ちよく暮らすには適正な距離が重要だと私は思う。ベタベタ一緒にいるんじゃなくて、物理的に近くても「区切り」も大事にして自分の道を進む。長屋の構造そのものにも似た彼らの暮らしが描かれた本作は、とても気持ちがいいのだ。

 全4巻の物語は、1話目の製本職人・小春とミュージシャンの十和田の話に始まり、最終二十話目では、小春と十和田・そして小春の隣人となった時計職人・竹若との話でフィナーレとなる。未来に向け、動きだす彼ら、そしてその象徴としての「(ガラスが割れても)動き続ける時計」。あとがきによると、作中の「ふきこ路地」には実在のモデルがあるという。その路地を舞台に見事な手腕で話を紡いだ作者もまた職人の一人だろう。カバーを外すと現れる模様も、1巻からそれぞれ桜・朝顔・紅葉・雪……と季節もきれいにひとめぐり。繊細だけどさりげなく、口当たりよく胃にはもたれない京都のお菓子みたいな作品、味わってみて欲しい。





(川原和子)  

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