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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第90回 『うさぎのヨシオ』近藤聡乃(エンターブレイン)

(c)近藤聡乃/エンターブレイン

(c)近藤聡乃/エンターブレイン

 タイトルと表紙を見ただけでは、まさかこれが「マンガ家を目指す青年のお話」だとは夢にも思わなかった(もっとも、オビにはちゃんと「うさぎのヨシオ。夢は漫画家になること。」と書いてあります!)。
 ……どうしてわざわざこんなことを言うかというと、「かわいいほのぼの4コママンガ」かと思いきや、意外にも「創作者の成長を描いた作品」で、たいへん感動してしまったからなのだ。

 本作の主人公・うさぎの鈴木ヨシオ(本名はピョン吉)は、マンガ家を目指して喫茶メリイでバイト中だが、肝心のマンガはなかなかうまくいかない。そんなヨシオの日常が、基本4コママンガの形式をとって描かれていく。

 本作では、ヨシオがなぜかうさぎで、喫茶店のオーナー・メリーさん(女性)が亀、というシュールな設定。……なのだが、二人以外は人間だし、うさぎといってもヨシオの行動自体は「マンガ家志望の悩める(人間の)青年」そのものだ(湿気で毛がホワホワになったりはするけれど)。そんなちょっとだけファンタジックな世界で物語は展開する。

 ヨシオがマンガ家をめざしたきっかけは、かの有名なつげ義春の「ねじ式」。でも「ねじ式」への憧れの気持ちに縛られて、「ねじ式」のマネから脱しきれない。うまくいかない状況に、ちょっと気の利いた自虐の言葉を口にするヨシオに、メリーさんは
「そうやって最後に体(てい)のいいオチでお茶をにごしてもだめなのよ」
「あなたマンガもそうなんじゃないの?」
と厳しい指摘をし、ヨシオは強いショックを受ける。
というのも、勇気を振り絞って編集部にマンガを持ち込みしたときも、編集者から
「つげの影響を受けて、奇をてらった感じがありきたりだね」
と言われてしまったからだ。

 たしかに、創作者としてやっていくことを志すのであれば、たとえ誰かの偉大な作品に衝撃を受けたとしても、その衝撃の質を(言葉にして考えなくても)咀嚼して、自分なりの持ち味に変えて作品を作っていく必要がある。だがヨシオは、まだそこまで到達できてないようで、「奇ををてらったありきたり」と言われてしまったのだ。
 その後も「絵はうまいんですけどね…」と言われ、自分の作品には大事な何かが足りない、とヨシオは悶々と悩み続ける。マンガに行き詰まるヨシオは、皮肉にもバイト先では有能に働き、「ここのところ『明日はバイトだな』と思うとホッとするようになっている」という状態になってしまう。
 ところが、ある日バイト先に現れた美青年・つばさ君との出会いが、ヨシオの運命を思いがけない方向へ変えていく。ヨシオが体験を話し、それを聴いたつばさ君がまとめたプロットをもとにマンガを描くと、イメージがふくらみコマ割が自然に決まり、これまでにない感覚に、寝食を忘れてヨシオは原稿に集中するのだった。
 創作にあんなにも苦しんでいたヨシオが、つばさ君と組むことにより、ついに「マンガ家・鈴木ヨシオ」になっていく。
 そのブレイクスルーの爽快感の描き方が本当に見事で、読んでいる私も、
「創作の醍醐味ってきっとこういう感じなんだろうな」
と静かな興奮を感じるのだ。
 一方、ミュージシャン志望だったつばさ君も、曲を作ろうとするといつの間にかマンガのプロットを考えていたりする。ヨシオのマンガのプロットならいくらでも思いつき、しかもおもしろい自信もあるのだ。音楽に対してそんな確信をもって歌えたことは一度もないのに。
 自分に足りないなにかに悩み抜いたヨシオと、器用だけどコレと思えるものがなかったつばさ君の本人も知らなかった才能が結びつき、ふたりでひとりの「鈴木ヨシオ」になる(ちなみに、記念すべきふたりの作品第一作「今夜の思い出」[これは四コマじゃないストーリーマンガだ]も、ちゃんと単行本に収録されている)。

 なんだか一見、ヨシオとつばさ君との出会いは、まったくの「偶然の幸運」に思えるかもしれない。でもきっと、ヨシオがつばさ君の才能を「見つけ」られたのも、ヨシオが自分になにが足りないかということに逃げずに正面から向き合い、悩み抜いて探していたからこそだろう、と私には感じられる。

 さらに本作には、随所にさりげなくマンガ好き読者の心をくすぐるしかけがあるのも嬉しい。つげ義春を尊敬するヨシオはアングラ系一本槍の芸術系青年かと思いきや、家には料理マンガがいっぱいあってそれを参考に料理したふしがあったり、「うる星やつら」のラムちゃんも「銀河鉄道999」のメーテルもそらで描けちゃったりする。そんなヨシオが住むアパートは、トキコさんがやっている「トキコ荘」。…この名前はマンガ家が集った伝説的なアパート「トキワ荘」を思わせるし、ヨシオの想い人「藤子さん」のフルネームは「不二緒(ふじお)藤子」(!)なのだ。

 そして、シンプルだがとても気持ちいい描線で綴られる本作の作者は、実はアニメーションや立体作品などでも華々しい受賞歴をもつ作家なのである。2004年に刊行された作者のマンガのデビュー単行本『はこにわ虫』は、やわらかく、しかしどこか妖しい雰囲気をたたえたタッチで不思議な感覚を描いた、まさにヨシオが愛するつげ作品が掲載されていた雑誌『ガロ』が連想される作品なのだった(実際、デビュー作の「小林加代子」は、第二回アックス公募での受賞作とのこと。『アックス』は、『ガロ』の元編集者が作った雑誌である)。

 本作では、登場人物のなかでヨシオとメリーふたりだけ、何故かうさぎと亀だったり……というちょっと不思議な面をもちながらも、心地よい世界でたゆたうだけではない、一本筋の通った成長物語になっている。マンガをそんなにたくさん読まない人にも入りやすく、ディープなマンガ読みも楽しめる仕掛けもたくさん。「ものすごく絵がうまい人がさらっと描いた(ように感じられる)」描線が、かろやかでありながら奥行きのある素敵な作品を作り出してくれているのだ。

 ……長々書いてきたけど、言いたいのは「マンガ家志望のうさぎのヨシオが主人公で、4コママンガなのに成長物語で、絵もすごくかわいくて面白いからぜひ読んでみて!」ってことなのだった。全1巻。オススメです。



(川原和子)  

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