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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第58回 『カーサの猫村さん』 ほしよりこ  (マガジンハウス  既刊1巻)

『カーサの猫村さん』 遠藤浩輝

(C)ほしよりこ/マガジンハウス 既刊1巻

 「猫村さん」がちょっとしたブームになったのは、2006年のことだから、もう4年ほど前になる。『きょうの猫村さん』は、いまでも継続して発表され、単行本も4巻まで進んでいる。『カーサの猫村さん』は、その番外編みたいなマンガだ。
『きょうの猫村さん』は、鉛筆描きの極度に簡素な絵と、ウェブマガジンに1日1コマずつ発表される形式で注目された。単行本では、1ページに上下二段のコマという、定型のコマわりになっている。考えられうる最小の要素の「マンガ」と言ってもいい。だから、マンガに深くかかわっている者には「斬新」に見えた。虚をつかれたという言い方もできる。
 猫村さん、こと「猫村ねこ」は、猫でありながらお手伝いさんとして働いている。  二本足で立って、エプロンをして炊事や洗濯などをする。料理が得意で、「ネコムライス」なるピラフのようなものを作ってくれたりする。
 「村田家政婦」なる家政婦紹介所に籍を置き、『きょうの猫村さん』本編では、犬神家なるお金持ちの御屋敷に、そしてこの『カーサの猫村さん』では、掲載誌でもある雑誌「CASAブルータス」編集部で仕事をしている。
 そんな猫村さんの日常が、ゆるい雰囲気で、少し風変わりなディテールとともに描かれている。その何とも形容しがたいノリがたまらない。この独特の雰囲気にやられているひとは多いと思う。
 たとえば、現実では銀座の大きなビルにある「CASAブルータス」の編集部だが(出版社はマガジンハウスだ)、このマンガの中では、トタン屋根に石を置いた平屋の一軒家だったりする。あまつさえ、「カーサ ブルータス」と書いた木の表札を掲げ、どうやらマガジンハウスの一編集部ではなく、独立した会社であるらしい。しかも、室内は畳敷きで、編集部の面々はなぜか座り机で仕事をしている。お洒落なヴィジュアルと知的な装いで売っている現実の「CASA ブルータス」と、実に対照的である。
 さらに猫村さんが手伝っている仕事は、何か紙を切ったり貼ったりすることだし、雑誌だか版下だかを近所に届けに行ったりもする。まあおよそ、現実の雑誌編集部とはかけはなれている。だが、このヘンテコさは、ただでたらめなのではなく、何か一本筋が通っているように思える。ここがたぶん、「猫村さん」シリーズの魅力の核心であるように思う。
 まず思いつくのは、いかにも「昭和」な古めかしいアイテムと、現在の風俗が混在していることだ。「カーサ ブルータス」編集部がなぜか畳の上に机を置いて仕事をしているとか、電話が黒電話だとか、そういったことだ。だがカメラはデジカメを使っている(当然、パソコンもある)。また『きょうの猫村さん』本編での猫村さんのご奉公先も、いかにもな「お金持ち」の家で、グレている長女のいでたちも、いかにも昭和の不良だったりする。
 だが、懐かしモノと現在の風俗の混在、というだけでは猫村さんワールドのヘンテコさは説明できない。
 そこで、猫村さんが「猫」であると同時に「おばさん」であることを強調しておこう。
彼女の人となり(?)は、まさに「おばさん」のそれなのだ。
 爪を研いだり、毛皮を丸く膨らませて寝てしまったりと、猫がする仕種を猫村さんもよくやる。そのあたりが、猫好きのひとにはたまらないらしい。
 だがその一方で、猫村さんはテレビドラマが大好きで、よく無意識のうちにハナウタを歌っていたりする。猫なので世の中のことはあまりよく知らないが、気立てのよい、優しい人物(?)でもある。
 なるほど、猫村さんの世界は、あたかも「おばさんが想像するセカイ」の具現化のようでもある。猫を飼ったことのないぼくは、こちらにやられてしまっているのだ。
 彼女が大好きなドラマは、『仲居探偵ぼたん』であったり、『泣き虫刑事』であったりする。
 どうやら、これらのドラマも、安っぽくベタベタな、昭和テイストのものであるらしい。 ときどき、劇中劇的に語られるドラマの展開のベタベタっぷりのおかしさと言ったらない。「いかにも」なものを、できるだけ「いかにも」で見せるという趣向といえば、そうなるだろう。しかし、そこに絶妙のセンスが加わる。ツボをついた言葉の選び方だ。
 たとえば、猫村さんが大好きなドラマ、『泣き虫刑事』に登場する「チノパン刑事」。
 もちろん元ネタは『太陽に吠えろ!』のジーパン刑事だ。このように参照元はいちおう「懐かしモノ」の定番といえば定番なのだが(とはいえ、注釈的に言っておくと、『泣き虫刑事』のクライマックスは、互いの気持ちを言い出せずにいた「大仏刑事」と「マリア婦警」の恋物語である)、しかし「チノパン」である。
 ひとこと、「弱そう」ではないか。親しみはあるが、そこはかとなく貧乏くさく、そしてヒロイックなカッコよさは微塵もない。
 このダサさが、情けなさが、良いのである。絵ともぴったりマッチしている。「チノパン刑事」など、本当に「ちのぱん」という顔をしている。
『カーサの猫村さん』でも、このヘンテコさは光っている。
 作中の「カーサブルータス」編集部では、会議のたびに喧嘩をして、河川敷で殴り合っては仲直りを繰り返す二人の男性編集部員が登場する。
 その二人のアダ名が「クールビズ」と「Vシネ」なのである。
 最初は、「胸元のボタン 開けてチャラチャラ しやがってっ!! クールビズのつもりかっ!!」「てめーこそ キザったらしく 肩に背広かけやがって!!
  Vシネ気取りかってんだっ」とお互いに喧嘩しながら相手を罵っていたのが、連載が進むにつれ、正式に(?)二人のアダ名に昇格したようだ。
 この、そこはかとない貧乏くささがたまらない。「猫村さん」の世界にはぴったり合っている。「Vシネ」「クールビズ」と呼ばれる男たちがいるような世界なら、黒電話で座り机の編集部で、猫のお手伝いさんがいてもいいよな、としみじみ思ってしまうのだ。
(伊藤剛)

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