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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第109回 『100回お見合いしたヲタ女子の婚活記』 肉子(宙出版)

『100回お見合いしたヲタ女子の婚活記』 肉子(宙出版)(c)肉子/宙出版、

 改めて考えてみると、結婚というのは不思議なシステムだ。基本的に家族は選べないものなのに、配偶者だけは、まったく違う環境に育った二人の男女が、お互いの意志に基づいて新たに「家族」になる約束をする。つまり、夫や妻だけは「自分で選べる家族」なのだ。…が言うまでもなく、選ぶだけでなく相手からも選ばれないと結婚は成立しない。そこに、さまざまなドラマが生まれることになる。


 『100回お見合いしたヲタ女子の婚活記』は、長いタイトルがズバリと表すように、作者が結婚への活動、いわゆる「婚活」をした際の体験を描いたエッセイマンガだ。実家暮らしで正社員として働いている自称喪女(モテない女子)でゲームやマンガ好きのオタク女子の著者・肉子さんは、23歳の時に親に強くすすめられて初めてのお見合いを体験。…が、これがトラウマとなりお見合いを敬遠しているうちに気づけば26歳に。35歳以下限定のお見合いパーティに参加してみるも、自分好みのハキハキした男性からは「絶対に若い子と結婚したいんですよ!!」と身勝手な主張をハキハキと言い放たれドン引きしてしまう(しかもその男性本人は35歳以上だったというオチまでついた)。結局パーティではカップル成立せず、友人知人の紹介や職場の出会いも長続きしない。そして28歳で、結婚相談所に入会することを決意するが、そこからがまた新たな苦行の始まりだった…!


 本作ですばらしい存在感を放っているのが、肉子さんが結婚相談所で担当してもらうアドバイザーのアヤメさん(39歳)。端正で上品な顔立ちにスリムなプロポーションの女優のごとき美女だが、その言葉はいちいち本質をつきまくる鋭さだ。結婚相手に求める条件を肉子さんにたずね、「行動力があってハキハキしてる人がいいなー」と答えると、「非常に残念ですが そんな人は居ません」とばっさり言い放つのだ。高収入だのイケメンだのと高望みしたわけでもないのに?と動揺する肉子さんだが、行動力があってハキハキしている人は、相談所を頼らなくても結婚していく、というのがアヤメさんの主張。…たしかに、ごもっともである(しかも実はこれは、ラストにも響いてくるとても重要な指摘だったのだ)。

 初めて相談所を訪れた際には、あまりに美しすぎるアドバイザーのアヤメさんに結婚の相談をすることに気後れする肉子さん。

 「いいご縁はいくらでもありますよ」と言うアヤメさんに、つい、

 「『若い』って言われてもめちゃくちゃ若いわけじゃないし…」

 「20代後半までこうしてモテてないわけだし」

 と答えてしまうのだが、そんな肉子さんをアヤメさんは凝視し、こう言うのだ。

 「自己評価が低すぎるのがモテなかった原因のひとつだと思いますよ?」

 「傷つきやすい自分の心を自虐ネタでガードしてますね?」

 「じつはプライド高いでしょう?」

 こんなアヤメさんのあまりに鋭い分析力に、
 「なに!?この人…こわい!!!」「でも当たってる…この人なら真剣に相談できそうな気が……!?」と、たちまち作者の信頼を勝ち得てしまうアヤメさんなのであった


 「こんな自分でも結婚できますか!?」という肉子さんの問いには「不相応な高望みさえしなければ大丈夫です」とおっしゃるアヤメさんだが、作者が相手に求める条件を具体的に告げると、意外にも条件を上げるようアドバイスしてくれる。20代・正社員という強みをもつ肉子なら、むしろスタート時点で条件を狭めておかないと、申し込みが多すぎて収拾がつかなくなり時間だけが過ぎてしまう、という、経験に基づく説得力あるアドバイスなのだ。

 しかし、いざそうして出会った相手のなかには、とんでもない人もいたりする。初対面なのに男性経験を訊いてくる失礼な人、すさまじい食べ方でろくな出会いがないと愚痴る人、プロフィール写真はイケメン・エリートなのに実際会うと強烈な変貌をとげている人などなど、いろんなレア体験の数々に消耗していく作者。そんななか、隠れオタクの同い年の歯科医と意気投合、お姫様扱いしてくれる彼にデートの楽しさを教えてもらい、ついにゴールインか!?という展開になる。

 …が、実は彼はすごい自慢屋。あまりの自慢話ループに耐えられなくなる肉子さんだが、こんなエピソードもさすがオタク女子の作者。彼の「みんながおれを称えるんだ…」という自慢には、マンガ「蒼天航路」における関羽の名言「佞言(ねいげん=甘いほめ言葉)断つべし」をもって脳内ツッコミをいれる。最初は紫のバラの人(少女マンガ『ガラスの仮面』で陰からヒロインを支える人物。実は芸能会社若社長)として描かれていた彼が、自慢屋とわかると輪郭はそのままに地獄のミサワとして描かれてしまうのも、マンガ好きには思わず納得の的確なたとえ。女子力も分析力もすぐれたアヤメさんが黄金聖闘士(ゴールドセイント。『聖闘士星矢』に登場する強い人たち)に見えたり、アバン先生(少年マンガ『ダイの大冒険』主人公ダイの恩師)にたとえてみたりという描写も楽しい。


 さまざまなつらい体験ののち、ついに素敵な男性に出会う肉子さん。…が、同じくらい素敵な二人の男性から同時にプロポーズされる事態に。どうするどうなる!?(このときのアドバイザー・アヤメさんの助言がこれまた憎いほど的確。まさにたくさんの事例を見てきたアドバイザーに言われるからこその重みある一言なのである)。


 この本の最終話のラストには、こんな言葉がある。

 「結婚できたかどうかは別として
 わたしは『婚活はいい体験だった』と思いました」

 「ジタバタしたっていいじゃない……」


 そうだ!ジタバタしたっていいじゃないか!とうなずくわたくし。

 というのも実は私自身、20代の頃、結婚については吐きそうなくらい(心の中では)考えていた、という記憶があるため、この言葉に深く共感してしまったのだ。

 私自身は社会に出るまでは、結婚もそれはそれで大変そうだし、基本、一生独身でも働いていければいいのでは、と思っていた。ところがいざ就職してみれば、そんな思いとは裏腹に体をこわしてたった2年ちょっとで退職することになってしまったのだ。当時の自分が未熟で力足らずだったせいももちろんあるが、いろんな職歴を経た現在から振り返ってみても、最初の職場はかなりハードな環境だった、と思わざるを得ない。生きていく上で、努力だけではカバーできない事態に直面することがあることを思い知らされた。

 もちろん、回復してから別の仕事についたけれど、そんな厳しい職業体験を通じて、切実に「結婚したい」と思うようになったのだ。「結婚して苦しさや働くことから逃げたい」と思ったわけではなく、「こんなに苦しいのに、これからの人生、ずっと一人ではとても耐えられない」「働くためにこそ、結婚したい」と考えたのだ。

 そして当時から変にマジメだった私は、結婚やお見合いに関する本をいろいろと(ジタバタと)読みあさり、目からうろこがおちるような発見をたくさんした。その発見の多くはなんと、本書の最後に掲載された後日談〈おわりに『成婚3年後』〉と題して描かれたことと重なっていたのだ。

 たとえば、自分のなかで譲れないと思っていた条件が、お見合いを重ねて大きく変わったこと。お見合いを始めたばかりの頃の自分が、勝手で受け身で要求だけは一人前のハンパ者だった、とわかるほど成長できたこと。「ありのままの自分」を受け入れてくれる人を探すより自分を変えたほうがいいとわかった、と作者は言っているが、これも自分を偽り媚びるという意味ではなく「人を受け入れ、自分を受け入れてもらえるよう努力する」ということだと思う。

 肉子さんは、お見合いを重ねるうちに段取りよくテキパキと場を仕切れるようになったそうだが、プロポーズしてくれた男性たちは、なんとそこを気に入ってくれたのだという。彼女自身のスキルが向上したのも作者の言葉を借りれば「ジタバタと」体験を重ねたおかげだろうし、「相手が仕切ってくれない」ことにキレたりせずに様子を見られるようになったことで、受け身の男性に出会っても、その奥に隠れた誠実さや優しさにたどり着けたのだ。そう、婚活する前の肉子さんが男性に求めていた「行動力があってハキハキしてる人」に、気がついたら自分自身がなっていた。そのことで、素敵な相手と結ばれたし、相手のすばらしさがわかるようにもなった。これは、そういうお話でもあると思うのだ。

 
 私自身も、実際の婚活こそしていないけれど、当時真剣に結婚について考え、結婚やお見合いに関する本を読んで自己の言動を顧みては反省することを重ねて、相手(特に男性)のプライドを傷つけないように希望や意見を伝える方法を学んだように思う。それは、未熟だった私にとって、その後の対人関係において非常に役に立っていると感じるのだ。

 結婚・婚活について描いたエッセイマンガは面白いものが多い気がするが、その人の願望と実態、理想と現実、建前と本音が交錯してしまうジャンルだからかもしれない。単純に貴重な体験記として読んでも楽しいが、その気になればそこから成長へのヒントももらえる。お見合いをテーマにしたこのエッセイマンガは、そんな作品なのだ。


(2013年12月5日更新)





(川原和子)  

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