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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第52回 『モテキ』 久保ミツロウ イブニングKC

モテキ 久保ミツロウ 表紙

(C)久保ミツロウ/イブニングKC

 29歳の派遣社員・藤本幸世(メガネ男子)に、ある日突然、知り合いの女子から一気に連絡が殺到。もしやこれが人間誰しも一度は訪れるという「モテ期」か!? と舞い上がる幸世だが、恋愛経験の少ない幸世にとって、前途は多難で……!?

 かつての派遣先の同僚・土井亜紀(27歳)からはライブに誘われるも、藤本のあまりの受け身っぷりに彼女は内心キレ気味。女友達の中柴いつか(22歳)とは、美味しいものを食べに行く山形への日帰り旅行がなりゆきで一泊になり急接近するも、結局一線は越えられない。「一番好きだった」一つ下の美女・小宮山夏樹とは、再会して過去のさまざまないきさつが去来するも、再度ぶつかってみれば天才的なスルースキルが発動して(?)気まずくなってしまう。
 傷心で故郷に帰省する藤本が再会するのは、中学の同級生だった元ヤン(ヤンキー)の林田尚子(バツイチ・娘あり)。林田にこれまでのいきさつを話して「何が不満なの?」と言われて、藤本は叫ぶ。
 「俺は愛し愛されたいんだよっ 誰でもいい男の一人なんて嫌だっ」(1巻 P.192)
 だが、じゃあその三人の中で誰が一番好きなの?と訊かれても、一番好きだった夏樹は俺じゃ幸せにしてあげられる自信がない、女友達のいつかちゃんには無理には迫れないし、土井亜紀にも「どーせすぐ他の男が」と言いつのる藤本。女にとって「誰でもいい男の一人なんて嫌だっ」と言いながら、それでいて自分では、「この人じゃなくては」と思えるほどの情熱も愛情ももてず誰も選べないのだ。
 そんな藤本に、林田はこう言う。
 「なんでそんなに自信がないの?」
 たぶん、結局そこが問題なんだろうなぁ、と、読者である私も思う。

 自分に自信がもてない藤本は、おそらく異性にモテることを通じて、自分を承認して欲しいのだろう。「モテてるんだから、俺には価値がある」と思いたい、思わせて欲しいのだ。
 自信がないからこそ、他者から肯定して欲しくてたまらない、というこの自意識スパイラル。自分の中が自分のことでいっぱいの藤本は、女の子たちとの関係がもつれてくると何一つ決断せず「全部俺が悪いんだ」と自分を責めるポーズをとりつつ心を閉ざして関係から撤退してしまう。彼自身が自分でもわかっているように「相手を好きじゃなきゃ 大事な所で頑張れない」「いつまでも傷付きやすい自分しか守れない」(3巻 P.73)のだ。
 そんな藤本の姿には「なんでそんなに自分ばっかり大事にするんだよ!」と正直言ってちょっとイラッともするのだが、同時に、「でも、仕方ないかもなぁ……」とも思う。
 だって、藤本、男の子だもんなぁ。
 ……突然何を言い出すのか、という感じだが、若い頃、私は「社会人として失礼がなければ、この人は男だからとか女だからとか特別意識する必要なんてないだろう」と割と素朴に考えていたのだった。ところが、ときどき、自分としてはそんなつもりはないのに、男性に対して、なにげない一言で相手を妙にむっとさせたり傷つけているように感じられることがあった。
 「なぜ?」、「どうしてそんなことに?」とずっと不思議に思っていたのだが、ある作家のエッセイでこんな意味の言葉を読んで、目からウロコが落ちた。そこには、こんなことが書いてあったのだ。

 「男は、恥をかくと死ぬ生き物である。」

 ……な、なんだって――!!
 もちろんこれは「死ぬほどのダメージを受けがちである」という比喩であって、生まれつきだとか男が全員そうだとか、恥をかいたらホントに死んでしまう、という意味ではない。
 でもこの言葉を見たときに、「なぜ女子なら笑い話になるような、軽い気持ちで言った男子への仕事に対するからかいの言葉に、彼らは本気でムッとして言い返したり、顔色をかえて黙り込んだりするのか」という謎がとけた気がした。
 それはきっと彼らにとっては、けっこうディープに「恥をかかされた」体験だったのだ。そのたびに「なんでそんなにムキになるの?」と内心、驚いていたのだが、「そうか、恥をかいた、と思わせたとしたら、それは彼らにとって、ものすごく嫌なことだったんだ」、「なにしろ、<恥をかいたら死ぬ>んだものなぁ。死ぬなんて、大変なことだ。私はそれがわかってなかった」、「私の鈍感さで、ヒジョーに残酷で申し訳ないことをしてしまっていた……」と、自分の心ない所行を猛烈に反省したのであった。

 ひるがえって、本作の主人公・藤本には「なんでそんなにいつもグラグラしてるんだぁ!」と言いたい気もするけど、どこにも自信をもてない彼にとっては、女の子に拒否されることの一つひとつが、「すごい恥」で、ひょっとしたら「死ぬほどのタメージ」なのかもしれない。そう思うと、「大変だよなあ、男子は」と思えてくるのだった。
 もちろん女の子にとっても恋愛は重大事だけど、たとえば恋愛で受け身であることや、失恋でダメージを受けてしまうような「弱さ」は、女の子にとっては必ずしもマイナスポイントではない(そのかわり「主体的に動くと、得てして墓穴を堀りがち」といった、別の意味での大変なことはあるけれど)。
 本作における主人公・藤本幸世の「もうすぐ30歳になろうとするのに、ほぼ童貞(好きな相手と寝たことがない)」というコンプレックスの強烈さにも、「受け身であってはいけない」という規範がある「男の大変さ」がなんだか凝縮している気がして、なんともいえない気分になるのだった。
 それにしても「モテ期」って、考えてみれば、ある意味「強制的に、他者と関わらされる機会」でもあるのかもしれない。他者の内面に「目が慣れてない」藤本の奮闘を見て、そんなことに気づかされた。

 ……などと、主人公に厳しいことも書きつつも、つい怒りが尻すぼみになるのはたぶん、藤本的な「自意識スパイラル」と、私自身が無縁ではないからだ。たとえば「恥をかくと死ぬ」という思いこみから自由になればいいよ、と言うのは簡単だけど、私自身もよく考えれば根拠不明の規範に縛られまくっていて、その規範から外れる自分に思わず「ウギャー!!」と自己嫌悪の叫びをあげがちな人間なのであった。だから藤本の煮えきらなさにイラつきつつも、「うん……まぁいろいろ……大変だよね……」と、ゴニョゴニョ言葉をにごしてしまうのだ。ただ、彼は「自分のことばかり」考えている頭の中から自分のことを少しだけ減らして、もうちょっとだけまわりを見られるようになるとラクになるような気がするのだが、果たして物語の終末までにそんな姿が見られるのだろうか。なんだか、彼の行く末がとても気になってしまう。
 登場する女の子達もそれぞれ絵的にはかわいく、そしてかなりリアルに描きわけられていて、読み応え十分な「現代の<痛い>ラブストーリー」として目が離せない作品なのだ。

 なお、マンガ好きとしては、随所にある名作マンガのパロディにもニヤリとさせられる。各巻の最後についているあとがきマンガも秀逸。個人的には1巻のあとがきマンガの「仕掛け」には、思わず泣きそうになった。ハードに第一線で仕事している女性は、身につまされる方も多いのでは……(いえ、私なんぞは「身につまされる」というとおこがまし過ぎッスけど、とにかくこの4ページ劇場の作者の「叫び」の迫力はかなりすごい!)。カバー下の『あったらヤだなぁ…こんな「モテキ」』も面白いので、お見逃しなく。(川原和子)

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