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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第3回 近藤ようこ 『あしたも着物日和』 (徳間書店)

あしたも着物日和 表紙

(C) 近藤ようこ/徳間書店

 五十代にさしかかろうとする著者が、二十年にわたる自分の着物趣味を淡々と語るこの本を、とくに和装に関心のない男性のぼくが手にとったのは、ちょっとした出会いによる。いつも行く書店で、なぜか棚から外に出され、平台の上に一冊だけぽんと投げ出されていたのだ。
 著者・近藤ようこの名前はよく知っている。近刊『兄帰る』(小学館)や『宝の嫁』(ぶんか社)も読んでいたし、三年前、長年未完のままだった『水鏡綺譚』が大幅な加筆によって完結したときには、ずいぶん喜んだ。つまり、ファンなのである。しかし、着物についての本は知らなかった。書店で置かれる棚も違い、見かけることもなかったのである。ふいにそれと出会ったというわけだ。
 著者を知らないひとのために、注釈的に記しておこう。近藤ようこは、市井の人々がそれぞれに抱える人生の哀しみや切なさを、主に女性を主人公に、優しい筆致で描き続けてきたベテラン作家だ。話題になった作品には、母・娘関係を正面からとらえた『ホライゾン・ブルー』(青林工藝奢)や、『アカシアの道』(同)などがある(アルツハイマー症の母の介護を主題とした『アカシアの道』は映画化もされた)。また、中世の日本を舞台に選ぶことも多く、その基盤に置かれる中世の文物や説話についての豊富な知識は、作品に奥行きとリアリティを与えている。メガヒットとは無縁なれど、1980年のデビュー以来、コンスタントに良質な作品を発表し続け、マンガ読みたちに手堅く読まれてきた作家である。ぼくにしても、二十歳のころにはすでに好きな作家だった。
 若いころは、主題ばかりを見ていた。人の世の哀しみをきちんと描くこと、たとえば「吐き気のような孤独がある」といった、鋭いセリフをさりげなく置くセンスに惚れていた。それが現在では、影を暴く鋭さよりも、ほのかに暖かい光をそっと指し示す仕種に感じ入るようになった。それは、作家の変化であると同時に、読み手であるこちらの変化でもあるだろう。時代の変化も、おそらくは背後に横たわっている。同時に、簡素でいながら艶を感じさせる描線や、たゆたうような曖昧な視点の取り方といった、表現のありようがひどく魅力的に感じられるようになった。こちらは、主題から表現へという「読み」の変化だ。これがぼく個人の加齢によるものか、時代の変化によるものかはよく分からない。
 中世文学や芸能に造詣の深い著者と着物は、とても似つかわしいように思える。それだけでなく、本書を読み進めると、著者がとても素直に、「楽しみ」として着物を着ていることがわかってくる。読んでいて、何となく楽しくなってくるのだ。たまには着物を着るのも悪くないかな、そんな気にさせる一冊だった。(伊藤剛)

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