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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第1回 島田虎之介 『トロイメライ』 (青林工藝舎)

トロイメライ 表紙

(C) 島田虎之介/青林工藝舎

 待望の新刊である。2002年刊行の初単行本『ラスト・ワルツ』の衝撃以来、コンスタントに作品が発表され続けていることが、何より嬉しい。2005年に『東京命日』、そして『トロイメライ』。緻密な構成、ふんだんに盛り込まれる教養、計算された画面づくり……などを考えると、これはたいへんなハイペースのように思える。
 『トロイメライ』は、とても複雑な構造を持っている。20世紀初頭のカメルーンにはじまる、「呪われた」ピアノをめぐる物語だ。ドイツ人たちが神木を切ってピアノの材としたことに怒った呪術師、マンベ・マンベが呪いをかけたのだ。その呪いのため、ドイツはふたつの大戦でふたつとも負けたのだという。そして、マンベ・マンベの同名の孫が、父の託宣にしたがって日本に向かう。ワールドカップサッカー、2002年6月11日カメルーン×ドイツ戦の前にピアノの呪いを解かなければならないのだ。一方、東京のピアノ調律師・戸田ナツ子のもとには、ジャカルタに渡り、壊れたそのピアノ「ヴァルファールト」が持ち込まれていた……かくして、物語は1965年のジャカルタ、1980年代初頭のイラン・イラク国境などを往還しつつ進む。そこでは、この作者ならではの短いシーンの断片をシャッフルし、複雑な構成と、映画的なショットの積み重ねで「物語る」手法が冴える。
 『トロイメライ』にしても、前二作にしても「あらすじ」だけを紹介したら、とりとめもなく、どこに感情移入したらよいかわからないような作品にみえると思う。だからここでも、作品のラストを語る気にはならない。「ネタバレ」を恐れるのではなく、そこだけ言葉にしたのでは、馬鹿馬鹿しい駄法螺に見えてしまいかねないからだ。しかし、映画的とも評される絶妙のコマ展開や、前述した複雑な構成が、その駄法螺を輝かしいものに見せてしまう。それは虚飾でもなんでもない。まさに「マンガで物語ること」そのものの輝きなのだ。そこには、私たちが「物語る」ということ、そしてそれによって世界を把握し接続しようとすることそのものの感動がある。
 『トロイメライ』でピアノとワールドカップ・サッカーが用いられているように、第一作『ラスト・ワルツ』ではブラジル製ヴィンテージ・バイク、二作目『東京命日』ではコマーシャル・フィルムと小津安二郎の映画が狂言回しとして登場する。やや強引にまとめれば、それらはすべて「趣味」の範疇におさめることができるだろう。いいかえれば、個人の人生を彩るものである。こうしたアイテムの選択は、趣味のよさを強調したいがためではないだろう。一方で島田は個々人の「小さな物語」をどうにかして20世紀の「大きな歴史」と接続し、語りなおそうとしている。これらの選択は、そのための必然に思える。(伊藤剛)

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