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手帳の文化史

第20回 「手帳」の元祖となるイメージを形作ったルネサンス人

・ダヴィンチの手帳が名著『知的生産の技術』に与えた影響

 手帳のイメージは、時代とともに変遷してきた。
 近年においては書籍というメディアがそれを強烈に方向付ける傾向があるといってよいだろう。
 たとえば、それは『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(熊谷正寿著:かんき出版)などが代表的なものだ。実際、本書は多くの自己実現型手帳のノウハウとしていまでも多大な支持を集めており、同著者による手帳も発売されている。
 最近では『情報はノート一冊にまとめなさい』(奥野宣之著:nanaブックス)のような「ノート術」もここに分類されるかもしれない。共通しているのは「情報を効率的かつ効果的に収集し、管理した上で、いかに知的アウトプットつなげるか」というテーマ性であろうか。
 これら一連の書物のテーマの原点となるのは、「知的生産の技術」というコンセプトを世に知らしめ、現在も増刷される(※1)という名著『知的生産の技術』(梅棹忠夫著:岩波新書)である。
 くわしくは是非同書を実際にご一読いただきたいが、そのメソッドを一言で表現するとするならば「B6サイズの京大式カードと呼ばれる媒体をあらゆる情報記録の単位とすること」である。このカードに記載された記録を収集・蓄積させて、さらには組み合わせによって、あらたな発想・着想を得、原稿や論文のベースとして利用し、実際のアウトプットとして知的生産の成果を生もうというものだ。
 重要なのはこの本の手帳に関する梅棹氏の記述だ。その後の手帳のイメージ形成・役割形成に大きな影響を与えたといえる。
 本書の第一章「発見の手帳」冒頭の記述を見てみよう。
 それは、ダ・ヴィンチの手帳のことである。もっと正確に言えば、じつはその手帳の話がつなぎになって、こんなむかしによんだ本のことが、いまでもわたしの記憶のなかに、ときどきよみがえってくるのである。(中略)しかし、とにかくわたしは、この本をなかだちにして、レオナルド・ダ・ヴィンチから「手帳」をもらったのである。
 『神々の復活』にでてくるダ・ヴィンチは、もちろん、よくしられているとおりの万能の天才である。しかし、この天才には奇妙なくせがあった。ポケットに手帳を持っていて、なんでもかでも、やたらにそれにかきこむのである。
 高校生だったわたしには、この偉大な天才の全容は、とうてい理解できなかったけれど、かれの精神の偉大さと、かれがその手帳になんでもかんでもかきこむこととのあいだには、たしかに関係があると、わたしは理解したのである。

(前掲書 P21−P22)

 梅棹氏が感動したという件の小説は『レオナルド・ダ・ヴィンチ 神々の復活』である。著者はドミートリイ・セルゲーエヴィッチ・メレシコーフスキイ。1866年生まれのロシアの小説家だ。同時に詩人、評論家、思想家でもある多彩で多作な作家だ。この小説は、『背教者ユリアヌス』『ピョートル大帝』とで構成される歴史三部作の第二部にあたる。
 ダ・ヴィンチ(1452−1519)は、15世紀イタリアのルネサンス期を代表する人物として有名だ。『モナリザ』や、ヘリコプターのアイデアスケッチなどは誰でも見たことがあるだろうレオナルド。芸術にも科学に秀でていた中世の天才が手帳を使っていたというイメージは強烈だ。
 『神々の復活』には手帳を使うダ・ヴィンチの、以下のような記述がある。
 猛禽はやがて一声みじかいどう猛な叫びを立てると、まるで高い所から石でも投げたように、さっと逆落としに舞い下がって、木立の頂きに隠れてしまった。レオナルドはどんなに細かい回転も、運動も、羽ばたきも見落とさないように、じっとその姿を目送していたが、やがて腰に結わえつけた覚え帳を開いて、何やら書きつけはじめた。おそらく鷹の運動に関する観察であろう。

(『神々の復活』 第一編 白い魔女 P38)

 レオナルドの観察と記録のありさまがあたかも現前でおこっているかのように生き生きと記述されている。次のような描写もある。
 けれど彼が涙に泣き濡れた顔を振り上げた瞬間、ちょうど彼からほど遠からぬところに、レオナルド・ダ・ヴィンチの姿が見えた。画家は、一方の方で軽く円柱に靠れながら、右の手には、片時も放したことのない手帳を持って立っていた。彼はもう一度説教者の顔を見たいと、望んでいるらしく、ときどき説教壇の方へ視線を投げながら、左の手でしきりに絵をかいていた。

(『神々の復活』 第一編 白い魔女 p44)

 これらから伺えるダ・ヴィンチは、観察と記録の人であり、そのツールとして手帳が頻繁に登場している。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「発見の手帳」の1ページ

・あらゆるものを「メモ」するという行為がクリエイティビティの基礎となった時代

 『神々の復活』は、史実に忠実なダ・ヴィンチの伝記というわけではなさそうだ。おそらく事実や資料を基に書かれたフィクションなのだろう。
 ただこのフィクションが梅棹忠夫氏に与えたインパクトは決して小さくなかった。
 前掲の一文のあとで、梅棹忠夫氏は、この本が、手帳を本格的に使うようになったきっかけであり、それは同時に天才レオナルド・ダ・ヴィンチへの憧憬だと告白している。
 「あらゆる現象に対する、あくことなき好奇心、知識欲、包容力。そういうものにあこがれていたのである」。
 「知的生産の技術」というコンセプトとジャンルを作ったロングセラーである同書の冒頭のこの記述は、日本での手帳の使われ方に影響を与えたのはまちがいないだろう。

 『神々の復活』に登場するのは、手帳というよりむしろメモ帳あるいはノート、スケッチブックの類の」イメージかもしれない。暦に記入欄を組み合わせた、いわゆる現代でいうところの「手帳」の原型が登場するのは、19世紀初頭のイギリスである。それよりも400年前のイタリアを舞台としてこの小説は書かれていると思われるからだ。
 ダ・ヴィンチがメモしているのは、言葉でのメモに限らない。ものの形のスケッチなどもしている。
 そしてこのメモ用の道具としての手帳は、もちろん現代でも活用されている。梅棹忠夫氏の心をとらえた、「ことあるごとに取り出して記録する手帳」のイメージに近いものを最近の流行の中にも見いだすことができる。
 それがライフハックというコンセプトの中の「ユビキタス・キャプチャー」といわれるものだ。ライフハックとは2007年頃から流行しだした仕事術の考え方の一種で、効率良く仕事をこなし、高い生産性を上げ、人生のクオリティを高めるための工夫とでもいうべきものだ。何かに取りかかる前にまずやるべき事をすべて書き出して優先順位をつけ、逐次処理していくGTD(Getting Thing Done)というメソッドや、仕事効率化のための各種ツール活用術などを指すことも多い。
 そのツールの一つに「腰リール」がある。これは、メモ帳と筆記具をセットにして、腰にぶら下げておき、アイデアが浮かんだときなど、すかさず取り出して記録するためのものだ。特別なメモ帳や筆記具を利用するわけではないが、なんでも記録する手帳の考え方のまさしく現代版だ(※3)。
 また、腰リールに限らず、手帳活用書の中には、手帳を常に持ち歩いてことあるごとにメモせよと書かれているものが少なくない。前述の『一冊の手帳で 〜 』もそのひとつだ。

・情報の多寡を問わず時代を超えて生きる方法論

 ところが、ダ・ヴィンチの時代と現代とでは、「メモ」の考え方に関して大きな違いがあるのではないかとも一方で考えている。
 ヨハネス・グーテンベルグ(1368−1468)による活版印刷の発明はダ・ヴィンチが生まれる直前である。そのような当時、手帳にメモすることは情報の生成そして発見そのものであったとも言える。実際、ヘリコプターの概念や頭蓋骨の構造などダ・ヴィンチによって発見されたものも多い。それは万能の天才といわれるダ・ヴィンチの学者(観察者)としての一面を表すものでもある
 こういったダ・ヴィンチのメモの習慣に若き梅棹忠夫氏がひきつけられたのは、だから当然と言えば当然なのだろう。ダ・ヴィンチへのあこがれが高じた結果というべきか、梅棹氏はフィールドワークを必須とする文化人類学者になった。
 後年の手帳関連書になるとその扱いは、以下のふたつの点で異なる。
 ひとつは目的、もう一つはメモする人を取り巻く情報の量だ。
 繰り返しになるが先人たちのメモの目的について考えてみよう。ダ・ヴィンチがメモするのは、後年に残された手稿からもわかるように、対象を観察したスケッチであり、発見への道しるべである。学者の梅棹忠夫氏がメモする目的も、その路線を踏襲しているといってよいだろう。
 翻って、後年の手帳関連書では、その「メモ術」はまずビジネスパーソンを対象としている。ビジネスパーソンが自分の仕事について思いついたことを覚え書きしておくことなのだ。あるいは、タスクの記録である。あるいは備忘録的なことでもある。要するに新しい何かを発見して記録するというよりは、自らの仕事や生活のための実用的意味合いが強い。
 もうひとつは、情報の量だ。
 前述したように、ダ・ヴィンチが生きた時代は、印刷物がようやく登場したころだ。翻って、現代ではテレビやラジオ、インターネット、新聞など多種多様なメディアとそれを通じた情報があふれている。
 ダ・ヴィンチの時代のメモは、無から有を生み出す事「クリエティビティ」のベースとなるものであったといっても良いかもしれない。
 そして現代のビジネスパーソンのメモは、もちろんアイデアという発露という側面はあるだろう。だがその多くはすでにあるものであったりやその組み合わせであることがほとんどだろう。しかし、常に持ち歩き、なにか気づき、発見があるたびに、その場で記録に残す。その意義そのものに違いはあるにせよ、メソッドそのものは時代を越えても変わっていないということに驚きさえ感じる。
 「メモ」あるいは「手帳」の意味づけが変わることはいわば時代の必然である。
 しかし、その一方で重要なのはルネサンスの天才のメモ術は、京大式カードによる「知的生産の技術」というメソッドを発案した文化人類学者梅棹忠夫氏の著作によって現代に蘇り、情報過多と呼ばれる時代においても時を越えて生きつづけ多くの人の模範となっている。このことも一面では事実なのである。

※1
岩波書店の編集者による。
※2
米川正夫訳
※3
LifeHack PRESS Vol.1 技術評論社
NTT出版 | WEBnttpub.
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