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手帳の文化史

第19回 オフ会に見る“趣味としての「手帳」”

 今までの連載の中では、手帳の歴史的な経緯や、日常生活や仕事の中での使われ方、また、その文化的な意味を考察し、さらに最新の技術によって実現されたデバイス(PDAや携帯電話の手帳化)などについて触れてきた。
 この連載でも再三触れている年玉手帳の時代には、単に仕事の道具として使われていた。
 一方で、こういった手帳本来の来歴とは別な動きとして、「手帳」そのものを趣味の対象としてとららえる人々が出てきた。彼らは物としての「手帳」そのものにこだわり、あるいは手帳に関する書籍・情報を集め、手帳を部分的、なかには全てを自作する人までいる(第17回連載参照)。そしてそういった行為を通じて、本来個人のツールであったはずの「手帳」が、コミュニティというものが形成する契機となっていく。彼らがコミュニティとしてのひとつの集まりの体を成すために、なくてはならなかったものがある。それがパソコン通信やインターネットだったのである。今回は「手帳」を通じたオンライン上のコミュニティの形成について触れてみたい。

・オフ会について

 本題に入る前に、いくつかテクニカルタームの説明をしておきたい。
 まず、オフ会だ。これはオフラインパーティー(off-line party)を意味するインターネット上の略語だ。この場合のオフラインとはオンラインの対概念だ。オンラインとはインターネット上のコミュニティでやりとりすること。そしてオフラインとは実際に顔を合わせてコミュニケーションすることであり、その会合を指す呼び名だ。
 もともとは単にオフと呼ばれていたが、最近では“オフ会”とも言われる。
 インターネットでは、オンライン上にコミュニティができる。それは個人や会社のWebページに併設された掲示板だったり、ポータルサイトのコミュニティだったり、最近で言えば、mixi(※1)のコミュニティだったりといろいろだ。
 そして、オフラインパーティーとは、オンライン上のコミュニティに参加している人々が直接集まって親睦を深めたり、情報交換をするといった会合のことだ。
 オフラインパーティーは、インターネット以前にも存在していた。パソコン通信の時代がそれだ。

・インターネット以前のネットコミュニティ

 パソコン通信についても説明しておこう。
 パソコン通信は、1980年代後半から1990年代にかけての時代に存在した、ホストコンピューターとパソコンをダイヤルアップ接続して行う通信だ。これは現代のインターネットの利用方法とは様々な点で違いがあった。
 まず接続速度が遅かった。現在、インターネット接続のための通信契約の半分は光回線になっている。その通信速度は理論値としては100Mbps程度である。そして初期のパソコン通信は、1200bpsや2400bps程度の通信速度のモデムを利用していた。
 またパソコン通信のためにダイヤルアップ接続する通信料金の体系は従量制といって、接続時間に比例して料金がかかる。常時接続が当たり前になった現在のインターネットとは違い、接続時間とコストが比例するため、掲示板などへの書き込みは接続前に、通信ソフト上で設定して行われた。また効率よく複数のコミュニティを回るためのプログラムがいくつもあった。また、Webブラウザで文字や画像、動画、音声まで扱えるインターネットとは違い、パソコン通信は文字のみの世界だった。
 もっとも大きな違いは、それぞれのネットワークが基本的にクローズドだったことだろう。たとえばAネットの会員はAネットに接続している間はそのAネット内の会議室などしか見られない。Bネットに接続するには、接続し直さなければならなかった。WebブラウザでURLを指定したり、リンクをクリックすればつなぎ直すことなく、そのWebページが開けるインターネットとはこの部分が大きく違った。
 だから、多くの人とやりとりしようとすれば、パソコンメーカー系の全国規模のネットワークに参加する必要があった。その1つが、PC-VAN(現Biglobe)であり、Nifty-Serve(現@nifty)だ。ちなみにNifty-Serveの会員数は1991年当時で12万人。現在のmixiの参加者数が1000万人を超えていることを考えると、恐ろしく少なく感じられる。これは、その当時のパソコンの価格や普及の度合いを考えればある意味当然だった。

 本稿では、Nifty-Serve時代の手帳オフを経験した方のお話を紹介したい。
 パソコン通信時代の手帳オフについて、私の手帳オフにも参加してくださっている間邊氏に教えていただいた。

・Nifty-Serveの手帳オフ

 Nifty-Serve内には、テーマ別に分かれた会議室と呼ばれるコミュニティが設けられていた。その中で手帳をテーマとしていたのが「FPIM」や「FSNOTE」といった名称のフォーラムだ。ちなみにFはフォーラムを意味する。それらはテーマごとに設けられおり、その中に複数のテーマ別会議室があった。会議室は今の掲示板のスレッドのようなものだが、自由に作ることはできなかった。また、関連フォーラムとして電子手帳やPDAをテーマにしたものもあった。
 FPIMのアクティブな参加者はオンラインでも15 〜 20人。会議室の話題は一般的な使い方の情報交換が中心だった。

 間邊氏が参加した動機は、“同好の士と話して情報交換をしたい”というものだった。
 手帳を年間数十冊購入する間邊氏にとって、手帳は趣味の対象である。
 職場でも取引先でも手帳を使っている人は珍しくないが、趣味としている人はなかなかいない。そこで手帳をテーマとしたフォーラムに参加した。当時のオフの目的は、親睦の意味合いが強かったという。会合は酒席であり、忘年会なども企画された。フォーラムのテーマにこだわらない、ユーザー同士の交流の場だったのだ。また、当時はオフラインパーティー自体がまだ物珍しかったためか、パソコン通信が好きな人や、文具全般に興味がある人も参加していたという。情報交換はついで程度だったという。
 それでも手帳のフォーラムである。
 間邊氏にはこんな思い出があるという。周囲が手帳以外のことで盛り上がっているのをよそ目に、やはり手帳好きな“コンパスさん”というハンドルネーム(※2)の人と、自作リフィルの印刷方法の情報交換をした。当時のプリンターは、まだシステム手帳のリフィルサイズの紙に簡単に印刷できなかった。そこで、リフィルの周囲にふせんを貼り、紙のサイズを偽装して印刷するテクニックの話で盛り上がったというのだ。
 今でこそ、オフとかオフ会と呼ばれる集まりは珍しくない。しかし10年以上前にすでにこういう集まりがあり、「手帳」というテーマを元に情報が交換されていたのは特筆に値するだろう。

・インターネットの手帳オフ

 実は、私のBlogでも手帳オフという集まりの呼びかけを行い、不定期に開催している。
 参加資格は特になく、使っている手帳のタイプも問わない。
 その会では手帳の使い方や活用方法を中心に、スマートフォンやパソコン周辺のことも話題にのぼる。
 私のBlogの場合は、毎回テーマを決めて開催している。参加者は私の書籍やBlogの読者の方が多いが、手帳に関心のある編集者や、手帳メーカーの方が参加することもしばしばだ。2007年にはじめて開催して以来、もう7回を数える。
 実は本連載の第17回に登場した、手帳を自作しているお二方も私の手帳オフに参加してくださった方だ。
 この手帳オフは、趣味の集まりというよりは勉強会的な色彩が強い。毎回テーマを決めている点もそうだし、具体的な使い方の情報交換もなされている。同好の士が集まるところは同じだが、そこで得たものを仕事に生かしたいという指向を強く感じる。
 インターネットの掲示板やmixiのようなSNSでも、手帳や文具をテーマにしたオフラインパーティーは行われている。現在のそれらの集まりは、勉強会的な性格が強いように思われる。もちろん単に同好の士が集まることもあるだろうが、参加してそこで学んだことを仕事や生活の場で応用することを目的として集まっている印象がある。
 これもまた手帳をめぐる状況の変化の反映と言えるかもしれない。
 パソコン通信の1990年代半ばまでの時代は、手帳は年玉手帳が中心であり、深い思い入れの対象にしたり、生活を充実させるツールとしては、認知度が低かった。
 ところが年玉手帳が激減した2000年代以降は、手帳は仕事を含む日常を充実させるための武器のようなツールとして再認識された。私のBlogの手帳オフもそうだが、そこでは手帳は、趣味の対象であると同時に、生活の質を改善するための手段として認識されているように思われる。
 例を挙げると、mixiには手帳関連のコミュニティが複数あるが、勉強会や自己啓発系のものが少なくない。これは現代においては、手帳が趣味というよりはビジネスマンの仕事をサポートするツールであることに重点が移っていったことのあらわれと言えないだろうか。
 単純な仕事のツールだと思われていた手帳。パソコンのネットワークの出現によって、趣味のコミュニティが生まれた。さらにそのコミュニティは、仕事の成果を目的とした勉強会的な性格の集まりに変わっていった。
 これも、手帳が時代とともに扱われ方が変わったことつまり個人的なツールという枠組みを超えたメディアへの変化ととらえられるのかもしれない。

※1
SNS(SocialNetrokingSystem)のひとつ。2004年2月にサービス開始。コミュニティの集合体で、当初は参加には既存のメンバーからの招待状が必要という特徴があった。2007年5月には参加者が1000万人を超えた。また2008年からは、それまでの利用開始年齢が18歳から15歳(利用機能制限付き)に引き下げられた。
※2
ハンドルネーム:パソコン通信上のニックネーム。パソコン通信やインターネットのコミュニティでは本名を出さず、ハンドルネームでやりとりする習慣がある。
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