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手帳の文化史

第13回 手帳にとって便覧とはなにか

・ 巻末の資料ページの意味は

 手帳の基本機能は、スケジュールを記録し管理することだ。
 これとは別に手帳には巻末に資料ページも用意されていることが多い。便覧と呼ばれるものがそれだ。昔からあるのは、度量衡一覧や年齢早見表などだが、すべての手帳に共通するものはなく、手帳によってまちまちだ。市販か会社支給のものかでも違うし、市販品もメーカーや、その製品が想定するユーザーによって違うようだ。それはまた手帳の性格を反映しているようでもある。
 この便覧とは、手帳にとってなんなのか。
 またこれがあることで手帳はどのような性格の道具だと言えるのだろうか。
 今回はこれについて考えてみたい。

・ 便覧から“世界”が見える

 仮説として書いてみたい。
 便覧とはその手帳の持ち主が見ている/属している、時間以外の部分での世界の規定である。
 ビジネスマン向けの手帳において、そのカレンダーや日付と曜日などは普遍的なものである。それは日本のみならず、世界のほとんどの地域で共通に用いられているグレゴリオ暦に準拠している(※1)。この部分は変わりようがない。
 ところが便覧は前述したようにまちまちだ。
 日本のもっとも古い手帳である懐中日記には、すでに便覧の原型が現れている。それは歴代天皇の名前一覧であり、西暦と元号を読み替える年齢早見表だ。印紙税一覧もそうだし、日本の観光地一覧も含まれていた。
 つまり、懐中日記においては、日付のある日記部分が時間≒暦を規定し、便覧部分では、この世界がどのように成り立っているのかを説明していると言えないだろうか。
 時間の部分についていえば、日本には元号があり、西暦との関係を説明するためにも、年齢早見表が必要だったと考えられる。
 度量衡一覧は、世界を規定するものとしては、もっともわかりやすいかもしれない。そもそも長さや重さ、体積などは世界を数値で規定するためのもっとも基本的な指標である。これに関する規定を持っていることで、手帳はその世界の説明を提供していると言える。逆に言えば、それがない手帳はスケジュール帳であり、世界の規定に関して無関心だと言える。

・ 便覧は使い手の見る世界を写す

 手帳は手帳メーカーのみならず、出版社や新聞社などからも発売されている。そして最近のファッション文具メーカーが発売するものは、便覧に大きな特長がある。曜日がフランス語やイタリア語表記なのもそうだが、世界地図や時差一覧、各国主要都市の地下鉄網などの便覧が掲載されている。
 これも前述のように、使い手の見ている世界を映すものと考えれば、理解しやすい。ファッション文具メーカーの作る手帳が想定しているユーザーは、その手帳を持って世界各国を常に駆け回っているような、ジェットセッター(※2)のような人々だと考えられる(※3)。
 さらに言えば、イギリス製「Letts」の手帳には英国の地図が含まれている。
 フランス製の手帳「クオバディス」には、日本向けのジャパンエディションがあり、スケジュール記入欄には「体育の日」などの国民の祝日も記されているが、巻末にはアメリカやヨーロッパなど世界各地の地図が含まれている。
 会社が従業員に支給する手帳に、社訓や本支店名一覧があるのは、会社が、使い手(その会社の社員)に対して世界を規定していることに他ならない。生徒手帳における校則も同様の意味を持つと考えられる。
 便覧はどんな手帳にとっても、それを使う人が見ている世界の縮図であり象徴でもある。
 そして、手帳はそこに含まれるカレンダーと予定記入欄によって時間を規定し、便覧によってその世界の時間以外の部分を規定している。

つまり手帳とは、持ち主がその世界をどのように見ているかの反映なのだ。

※1
表現の方法は異なり、これが手帳のレイアウトのバリエーションにつながっている。
※2
国際線の飛行機で海外と頻繁に行き来をしているような人々の俗称。
※3
これを雰囲気のみだとか演出だとか片付けることはたやすい。


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