手帳の文化史 タイトル画像

手帳の文化史

第8回 年玉手帳を考える その2

 年玉手帳には前回見たような歴史があった。それが平成不況による削減(廃止)の時期を経て、求められるものが変化している。
 それは大きく次の要素に分けられる。
 ひとつは環境対応だ。とくに大きな規模の企業では環境負荷の低いもの採用が求められる。これは手帳も例外ではなかった。
 もうひとつは、年玉手帳の役割を見直し、社員の仕事のツールとしての役割を再評価する動きである。

・環境への対応

 環境への対応は、備品としての手帳にも求められるようになっている。
 2000年に成立した「国等による環境物品の調達の推進等に関する法律」通称グリーン購入法では、国や地方公共団体などが備品などを購入する際に、できるだけ環境負荷の少ない製品を選ぶことで、持続可能な社会をめざすことが求められている。
 民間の企業にもこれに準じたことが要求されている。とくに大企業や民営化された会社では、その規模や影響力の大きさから、環境負荷の小さなものの利用が推奨されている。また現在も年玉手帳を作成・利用しているのは、これらの大企業や、長い歴史を持つ企業である。
 手帳の場合は、主に記入用紙に環境対応が求められる。
 前回も登場した日本能率協会マネジメントセンターの場合、グリーン購入法に適合した商品が用意されている。古紙パルプを利用した再生紙の手帳用紙を1999年に開発している。だがその後古紙の価格が高騰し、古紙パルプ自体の入手が難しくなった。そこで環境負荷の少ない、新しい紙の調達手段が考えられた。
 それが、植林木チップの利用だ。
 植林木とは、製紙メーカーや商社が計画植林してできた木である。それを紙の原料として細かく砕いたチップが植林木チップである。
 手帳の紙の材料は木材だが、間伐材や廃材などだけでは足りない。5年程度で成木になる促成栽培の木材を計画植林して利用するわけだ。
 今でこそ、手帳は個人が文具店などで購入するものという認識が一般的だ。だが年玉手帳には企業の備品の側面もある。社員や取引先に大部数を配布する以上、機能を満たすだけではなく、社会的な責任をそれ自体として体現する必要があるのである。

・ルールの教育ツールとして

 もう一つは年玉手帳の役割の見直しだ。
 社員に持たせて会社への貢献につなげるための情報を盛り込むようにする傾向がある。 最近では、ビジネスマナーやビジネスの基本などに関する便覧を入れる例も出てきている。
 年玉手帳にはその会社の業務に関する資料が、独自の便覧として用意されることがある。そしてビジネスの基本に関するこれらの資料は、手帳を社員教育の基本ツールとして役立てる意図があることがわかる。

・会社への帰属感を持たせる

 また、従来の年玉手帳にあったものも見直されてきている。
 表紙を開いた折り返しの見開き部分に社訓や社歌、会社のモットーや経営方針などを印刷し、再三参照させることでその会社の一員であることを常に認識させ、帰属意識を強く持たせることがそれだ。そのほかにも創業年や資本金や代表者、事業概要といったその会社の基本情報を載せる例はよくある。これはこの部分の加工がもっともコスト的に安くあがるからだという。
 終身雇用制が崩壊し、会社への帰属意識が薄れていると言われている現代。会社内で働く人も正社員は全体の三分の一。契約社員や派遣社員など雇用形態も多様化している。
 そんな中で、自社の手帳を持たせることが、会社への帰属意識をはぐくむツールとして有効であると認識され、新たに活用され始めているのだ。
 やはり同じように肌身離さず所持する道具としては携帯電話がある。だがあれだけ多機能なツールはそもそも、じっくり見返すようにはできていない。
 手帳は、時間や仕事を管理するツールである。そのように使う限り、ほとんど肌身離さず所持される。しかもほとんどの場合、一年間を通じて利用される。また銀行などでは、自社の手帳の所持が義務づけられていることもある。
 そこに社是や社訓、経営方針などが短い言葉で記してあれば、ときどき参照することになる。現代の日本で失われつつある、会社への帰属意識は、このような形で会社の文化として残っていく。それを支えているのが手帳なのである。

・ワークライフバランスを

 こういう従来からの要素の復活という以外に、新しい記入欄が設けられることもある。一例を挙げると、会社と個人の双方の目標の記入欄のある手帳がある。
 終身雇用制という雇用慣行がまだ生きていた時代には、会社にとって従業員は自社の業績をあげるために働いてもらうものだった。現代では、会社は従業員を雇用すると同時に、人生の充実のようなものを個々の従業員に意識させることでワークライフバランスの実現をサポートする役目を担いつつある。
 その名前からしていかにも古めかしいイメージがある。だが年玉手帳には、社会の変化が反映されているのである。

NTT出版 | WEBnttpub.
Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.