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手帳の文化史

第5回 手帳はなぜ成功のためのツールになったのか

・未来を書くツール

 「手帳で夢をかなえる」「成功のための手帳」
 手帳関連の書籍や、手帳そのものにこんな惹句がつくようになったのは、2004年前後だろうか。解説書に則して作られたオリジナルの手帳が発売されることも多い。
 この種の手帳のノウハウ書の冒頭には、たとえば次のような一節がある。

 「私はこの頃からかなりの本を読んでいました。とくに成功した人の体験記や記録などです。その多くには二つの共通したノウハウが書かれているように思えました。
 一つは、目標を決める。
・ ・ ・ ・ ・ ・
 もう一つはその目標を紙に書いたり口に出して、潜在意識化させる。
※ 傍点筆者
※ 「一冊の手帳で夢は必ずかなう」(熊谷正寿 かんき出版 p2)

 また次のようなことも記されている。

 「思ったことは手で書く。それを何度も読み返し、思いをより強くする。そういう強い思いがあれば、夢に向かうモチベーションが高まり、努力が促されます。結果、書いたとおりの夢が実現するのです。」

(前掲書 p21)

 思ったことは現実になる。考えたことが実現する。手帳にそれを書き込むことで、自分が考えていることが実現される。「モチベーションが高まり努力が促される」という留保付きながら、そういう意味にとれる。
 手帳自体とは関係がなさそうに思えるこの考え方は、これ以降に刊行された手帳のノウハウ書の多くに散見される。
 いわく、「目標を明確にしよう」「手帳に目標を書こう」「手で書くことで目標は潜在意識にすり込まれる」・・・。
 一般のビジネス書にはないような、信仰に近い種類の言辞は、手帳の関連書には珍しくない。
 そして手帳関連書以前に、この考え方を明確に打ち出している一連の書籍群があった。

・成功哲学と手帳に共通する潜在意識

 成功哲学を説く自己啓発書がそれだ。「この方法ならば成功する」「成功するためにはこういうやり方がある」と説くのがその特徴で、まず信念を持ち、それを念じることであると書いてあるものが多い。
 「こうありたい」という具体的なイメージを持たなければ、その状態になることは難しいかもしれない。だが、イメージを持ち念じるだけではどうにもならないのではないか。
 誰もがそんな疑問を感じるような「考えたこと、書いたことは実現する」という意味のことが、自己啓発書の中には、なにかをなすための根本原則として書いてあるのだ。
 そして、冒頭に紹介したような手帳関連書と、これら成功哲学書に共通するキーワードとして「潜在意識」が登場する。
 この種の考え方のルーツの一つがジョセフ・マーフィーである。ジョセフ・マーフィーは、アメリカ、カリフォルニア州の牧師である。潜在意識を活用することで成功すると説き、それを幾多の書に著した。2004年以降に日本に登場した幾多の手帳関連の書籍に書かれている考え方の原型は、ここにあると言える。
 マーフィーの主著書の一つである「眠りながら成功する」(1963年 邦訳は産能大学出版部刊)には、以下のような一文がある。

 「あなたの経験、できごと、状態、行為などは全てあなたの考えていることに対するあなたの潜在意識の反応です。結果を引き起こすのは信ずる対象物ではなくて、あなたの精神に対する信念そのものだと言うことを忘れないでください。」

(前掲書 P16)

 こういう導入部を持つ同書は、それ以降は実際にあったことがらを、「潜在意識の治癒原理が萎縮した視神経をもとどおりにした話」というタイトルで紹介している。
 さらに「汝が信じつつ祈りの中で求めることはそれがなんであれ汝に与えられるであろう」(マタイ伝二十一章二十二節)などの聖書の一節を引用しながら、願ったことはかなうという自説を強調している。
 同書のこの考え方は、冒頭に引用した手帳関連書が基本理念として持っている、「願望をイメージして手帳に書くことで、その現実が作られる」という考え方へ影響を与えたことが推察できる。それは冒頭に引用した部分に「成功に関する書籍を多く読んだ」旨の記述があることからもあきらかだ。
 「手帳で夢をかなえる」という考え方は、手帳を使う人の間でよく知られるようになった。この種のやや神秘的な考え方と親和性がある道具という見方、考え方が定着している。 ともすれば忘れられがちなこの種の考え方のルーツは、思考が現実化するというジョセフ・マーフィーにあるのである。

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