手帳の文化史 タイトル画像

手帳の文化史

第1回 手帳とはそもそもなんなのか

 手帳とはなにか。
 この問いに答えることはむずかしい。
 いくつかの答えはすぐに思いつく。
 たとえば、30年ほど前の日本では、手帳と言えば年玉手帳のことだった。
 年玉手帳は会社の社員や関連会社や取引先に、支給されるものだ。その会社の社訓から組織図、年間の行事、本支店一覧などが便覧として用意されていた。その会社の業務に役立つ情報をコンパクトにまとめつつ、さらに予定を記入するスペースを併せたものだった。この年玉手帳は、平成不況による経費削減のために以前ほど一般的なものではなくなっている。
 警察手帳のように身分証明書的な役目を持ったものを手帳と呼ぶこともある。この場合、手帳自体がIDカード的な存在であり、それを発行する会社・団体の成員であることの証明としても利用されていた。さらに、この両方の機能を兼ねたものもあった。

 現在の手帳は、形態も機能も、目的に至るまで、使う人によって異なるような、おそろしく幅のある概念になっている。
 “予定ややるべきことを書き記すための特殊な用途向けのツール”。手帳の中心的な機能を純粋に考えればこう表現するのが適当だと思われる。それは記入ページを綴じた小型のノート型のものにとどまらなくなっている。

 IT機器もWebも手帳の役割を担うことがある。
 一例を挙げると、電子手帳からパソコンに至るまでのIT系ツールによって、電子的に実現されているものも手帳の役目を担うようになっている。
 たとえば「Outlook」のような、PIM(= Personal Information Manager )と呼ばれるパソコンソフトも、予定の管理ややるべきことを書き出すための目的に使われている。これはもっとも一般的な例だが、PDAのような電子手帳の発展系的なデバイスを手帳の代わりに使っている人もいる。最近のスマートフォンもその延長線上のものと考えれば分かりやすい。
 さらにいえば、今や携帯電話も手帳的に使われることがある。とくに学生などであれば、紙を綴じた冊子型の手帳ではなく、縦長の液晶画面に向かって親指で予定を入力・管理している例も珍しくもない。
 これらは、CPUとOS、それに記憶装置を内蔵した電子機器が本来的に時計を内蔵していることで、手帳の代替ツールとして成立している例である。
 同種の考え方をベースに、Web上にスケジュールを保存し参照する道具も登場している。GoogleやYahoo!といった検索エンジン/ポータルサイトが提供するものがそれだ。
 これらは、既存の手帳の代わりに使われるようになっている。そして、電子的に実現された機能によって、その使われ方は拡張されている。パソコンや携帯電話と言った、Webを閲覧する機器の普及によって、ビジネスマンのスケジュールは部署・チームで共有されやすくなったと言える。電子的なデバイスは、Webなどのネットワークに接続されることで、手帳としての機能を進化させていると見ることもできる。

 一方で紙の手帳も復権しつつある。
 年玉手帳がなくなり、PDAやスマートフォンのような電子デバイスが登場する一方で、紙の手帳も再び注目されている。市場に占める率は決して大きくはないが、文化人や企業のリーダーが自らの思想・時間観をもとに手帳を作り販売する例がここ十数年で劇的に増えているのだ。
 その目的も単なる予定ややることの管理にとどまらない。仕事の効率的な処理など、ビジネスマン向けに盛り込まれた機能や、若い女性向けをターゲットにしたダイエット用の記録グラフを備えたもの、さらには人生の夢や目標を記入し、その実現をうたうものなどが登場している。
 このように、一口に手帳と言っても形も目的も多様になっている。さてでは“手帳”という単語が、このように広範な現象を含むようになったのはいつからで、それぞれの現象が成立しているのは、なぜなのか。本稿ではそれを一つずつ明らかにしていきたい。

NTT出版 | WEBnttpub.
Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.