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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第72回 絹田村子 『さんすくみ』 (小学館)

久住昌之:作・水沢悦子:画 『花のズボラ飯』 (秋田書店)

(c)絹田村子/小学館

 なにを隠そう、私は結婚式を、「仏式(仏教式)」で挙げた者である。
 別にお寺の娘でもないし、特別熱心な信仰をもつ者でもない。
 でも一応、結婚という人生の大きな節目の行事においては、人生を終える儀式である葬式と統一感をもったほうがいいのではないか? という妙な生真面目さを発揮し、また通った短大が仏教系だったこともあり、さらにたまたま結婚相手の家の宗派も我が家と同じだったので、「じゃ、せっかくだから」と仏式の結婚式を挙げることにしたのだった。いわば、ミッション系の大学に通った人が、母校のチャペルで結婚式を挙げるようなノリ(?)で、築地にあるお寺にて、挙式したのだ。
 ちなみに当日の衣装は和装。新郎は紋付き袴で、新婦の私は白無垢に綿帽子姿であったが、これが意外にも参列者に大好評であった。容姿を褒められることのきわめて少ない人生を送っている私が、とにかくこのときは「すごく似合う」と絶賛されまくった。もちろん「結婚式では、新婦を褒めるのが礼儀」とはいえ、その枠を超えた(最初で最後の)モーレツな讃辞を受けたのであった。
 で、その異様なまでの好評の理由を分析するに、どうも「現代的」とはお世辞にも言い難い私のプロポーション(ハッキリ言いたくないが言ってしまうと、頭がデカい)が、白無垢+綿帽子にぴったりあっていたようなのだ。頭が小さいすらりとしたイマドキ体型は、洋服にはとてもあうのだが、和装だとどうもバランス的に不安定だと見る人は感じてしまうらしい。
 ある意味で安定感バツグンの我が体型が映える、それが和装の花嫁衣装であった。基本的に生涯に一度しか着られないのがたいへん残念だ。私のようにお店の帽子売り場で「サイズがないよ……」とうめいたことのある「頭が大きい」という悩みを抱えた女性には、結婚式にはぜひとも和装をオススメしたい次第である。

 ……とまあ、信仰心とほとんど関係のないミーハーな話をしてしまったが、今回とりあげる『さんすくみ』は、神社・仏閣・教会の息子たちのお話なのである。かなり特殊な「家業」の、お年頃の息子たちが、仕事と恋の間で苦悩する……というコメディだ。  神社の息子の恭太郎は、心優しいが気弱な性格で、強烈な母に頭があがらぬ日々。お寺の息子の考仁は、僧侶なのにお墓や幽霊が怖くてしかたがないのが弱点のメガネ男子。そして教会の息子の工(たくみ)はマイペースな性格で、オカルトやホラー映画の鑑賞が大好きという、立場にふさわしくない趣味の持ち主だ。元同級生で仲良しの三人は、日々起きるトラブルをお互い助け合うことで解決しようとするのだが、熱意が裏目に出たりしてなかなかうまくいかないのだった。

 シリーズの最初の単行本『読経しちゃうぞ!』で、神社の息子・恭太郎は、「今まで家業が原因でフラれ続けてきた」と嘆く。女の子から「休みがさだまらない」、(あなたとつきあうのは)「最初から嫁前提で重い」などと言われてきたのだ。
 たしかに女性にとって「神社やお寺の跡取り息子とつきあう」のは、なかなかにハードルが高い。私の知り合いにもお寺関係の人がいるが、おつきあいが進んでめでたく結婚となりお寺に嫁ぐと、そこが「家であり職場」となってしまって、気を抜くヒマもない。舅と姑が上司でもあり、周囲からは「跡継ぎは?」プレッシャーをかけられまくり、気軽には休めず転職もできない、といういろんな意味でしんどい環境なのである。しかしそんな環境に生きざるをえない跡継ぎ修行中の彼らは、だからこそ、なんとか彼女(ゆくゆくは伴侶)が欲しい……と悪戦苦闘するのだった。
 お参りする立場で訪れると端正で神聖な場所である神社やお寺、教会だが、そこを「職場」とする人にとっては当然、舞台裏のさまざまな苦労がある。そして、そこに生まれるドラマは、読者である私たちにとって、「職業ものマンガ」としても、新鮮な驚きを与えてくれる。
 母の不在にファストフードを食べるというささやかな自由を享受し、参拝者への御朱印のために毛筆で練習をする(でも筆圧が弱すぎるのか、いっこうに上達しない)けなげな恭太郎の姿に「へー、御朱印っていうのがあるのか」と感心し、お寺の鐘つきの順番で父である住職とモメる孝仁に「そうか、鐘をつくのが遅れると、寝坊がご近所にまるわかりだよなぁ」と同情し、聖餐式で起こった手違いに笑顔で怒りをおさえている工に「おお、聖晩餐式ってパンを食べてノンアルコールワインを飲むものなのか」「(同じ酒好きとして)工の怒りはすごくわかるけど、笑顔が逆にコワい……」と戦慄したりするのだった。

 シリーズの最初の単行本『読経しちゃうぞ!』に続く2冊目の単行本がこの『さんすくみ』だが、作者の絹田村子氏は『読経しちゃうぞ!』が初コミックスというピカピカの新人さんである。にもかかわらず、作品を読んだ私の感想は「なんだか懐かしい」だった。
 そう、仲良し男子たちが主人公で、一緒にあれこれと小さなトラブルを解決し、ラブ要素もあるにはあるけどあまり生々しさがない。本人達は真面目なのに端から見ると妙におかしい、そんなかんじ。それは、私がかつて読んでいた、1980年代の『花とゆめ』や『LaLa』といった白泉社の雑誌に載っていた少女マンガ作品のテイストに、なんだか似ているのだ(個人的には特に、『動物のお医者さん』や最近では『チャンネルはそのまま!』などのヒット作を描かれた佐々木倫子氏の初期の作品を連想した)。絹田氏による宗教コメディは、テンポや細部が、どこかとぼけていて、それでいて乾いたテイストをもっているのだ。その持ち味が、取り扱いがデリケートな「宗教」という特殊な家業の男子たちを主人公にしつつ、楽しく読めるコメディに仕上げているのだと思う。

 宗教は違っても仲の良い神社・仏閣・教会の息子トリオのことを、私が尊敬するマンガ研究者のIさんは、(近年話題の言葉にひっかけて)「僧職系男子」と呼んでいる。
 おおウマい!と思わず膝を打ったのだが、読み切りではじまった彼らのお話は読者にも好評だったようで、現在『月刊flowers』で連載中だ。僧職系男子たちの苦闘の日々をライトなコメディとして描く懐かしくて新鮮な本作、ぜひ味わってみてほしい。

(川原和子)  

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