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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第64回 『世界の果てでも漫画描き』 ヤマザキマリ(創美社) ほか

『世界の果てでも漫画描き』ヤマザキマリ(創美社)

(C)ヤマザキマリ/創美社

 「作者ヤマザキマリはリスボン在住、イタリア人と結婚している」

 こんな情報を目にして、「不思議なマンガ家だなあ」と思った。
 二巻で130万部超という、思いがけないヒットとなった『テルマエ・ロマエ』が話題になったころのことだ。
 『テルマエ・ロマエ』単行本中の作者によるコラムや、短いインタビューにそうあったのだが、それだけに話が断片的で、余計に「?」となっていた。
 作者は新人ではないらしい。実は結構キャリアがあるようだ。という話も聞いていた。ただ作者に対して、それ以上の関心を持つことなく『テルマエ・ロマエ』の連載を追いつつ、二巻の刊行を待っていた。

 ところが、書店にヤマザキマリの小コーナーが出現した。
 『テルマエ』二巻の刊行とともに、7月に刊行された『イタリア家族 風林火山』、そして9月刊行の『世界の果てでも漫画描き』が一緒に平台に並べられたのだ。
 これらのエッセイマンガにより、作者の途方もない人となりを知ることになったのだった。
 まさか、こんな人だとは思ってもみなかった……のだ。

 メガヒット作なのでいまさらの感があるが、いちおう軽く紹介しておくと『テルマエ・ロマエ』は、風呂マンガである。
 (編注:本連載53回で川原和子さんが紹介されています。)
 ローマ帝国の建築技師、ルシウスがなぜか現代の日本の風呂にタイムスリップし、現代日本の銭湯や温泉などのさまざまな工夫や意匠を見て驚愕し、ローマに持ち帰る(もちろん当時の技術で)というものである。
 大真面目なルシウスのリアクションに、まずもって「出落ち」的なおかしみがある。
 そして、古代ローマについての教養を感じさせる蘊蓄もまた、魅力のひとつだ。ただ、それも微妙に「ヘン」な感じがしていた。無駄に豊かなというか、過剰、という気がしていた。単なる面白がりの蘊蓄にしては、妙に掘り下げが深い。といって、素朴な知的好奇心に支えられた雑学とは違った「匂い」がする。正直な話、想像を超えていた。作者はどんなひとなのだろう? とチラと思ったものの、それ以上の関心は持たずに来ていたのは、限られた情報から得られた作者像が、自分の想像できる範疇を微妙に超えていたからかもしれない。

 「世界30カ国以上で滞在・生活をし、14歳年下のイタリア人学者を夫に持ち、リスボンを経て現在はシカゴ在住」というのが、2010年現在の作者のプロフィルである。
 なんだこれ、と思う。
 さらに『イタリア〜』『世界の〜』を読むと、親がオーケストラ奏者とか、17歳で単身イタリアに渡り絵の修業をしているとか、高校生になる息子がいるとか、夫の家族がまたぶっ飛んだ人たちだとか、若いころキューバに砂糖キビ農家支援のボランティアに行っているとか、頭によけい「?」が浮かぶような情報が次々と描かれている。だが、「ああ、こういうひとなのだ」という具合に、妙に納得もした。
 このように、「なぜか納得させられてしまう」というところが、なにより面白いと思う。
 さらに、なんともいえない「明るさ」があるのがいい。
 イタリアやキューバが主な舞台になっているので、つい「ラテン系」と紋切型で言ってしまいそうになるが、そんなありきたりな物言いなど、作者の比類なき「素っ頓狂」ぶりに吹き飛ばされてしまう。

 そう、何につけても「素っ頓狂」なのだ。
 何よりそれが際立っているのは、10年交際した男性との間に男児をもうけた直後、その彼(イタリア人で詩人)と別れ、シングルマザーとしてイタリアでやって行こうと決心したところで、いきなりマンガを描きだしたことだろう。
 「油絵描いて売るよりも ずっともうかる」と言いつつ、「妙に前向き」にはじめてマンガを描き、新人賞(努力賞)を取るのである。「なぜそっちへ?」という行動である。

 エッセイマンガなので、作者は自分の素っ頓狂ぶりにツッコミを入れることは忘れない。というよりも、基本、自分にツッコんで、それでも自虐的にならず明るく笑うことで楽しく人生を送るひとなのだと思う。そのためか、一見行き当たりばったりに見える行動が、(マンガに描かれていないところではいろいろあったのだろうが)良い方向に転んでいるのがすごい。『イタリア家族 風林火山』の作者あとがきに自ら「穏やかじゃない人が穏やかじゃない家族の一員になる。世の中本当にうまくできているなと思います」と記しているが、そのとおりだと思う。この一文だけ字を大きく、書体も変えているが、そうやって強調したくなる気持ちもわかる。うんうんと肯くところだ。

 そんな「穏やかじゃない家族」が、どれだけ「穏やかじゃない」かは、本を実際に読んでもらうのがいいだろう。ここん家は、イタリアでも珍しい部類の一家なんじゃないか? という気がしている。

 たぶん、それであってると思う。
(伊藤剛)

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