おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第40回 『flat』 青桐ナツ (マッグガーデン)

flat 表紙

(C)青桐ナツ/マッグガーデン

 マンガに力を入れている大型書店に行けば、まず平台に置かれていると思う。学生たちに尋ねてみても、ひたひたと読まれている実感がある。2009年夏の時点で、スマッシュヒットの予感がする。
 一読して、ずいぶん散漫で薄味なマンガだなという印象を持った。急いでつけくわえておくと、決してネガティヴな意味で意味で言っているのではない。「超マイペース」と称される男子高校生の平介を主人公に、彼になつく従兄弟で寡黙な幼児・秋とのささやかな交流を淡々とした筆致で描く、と思いきや、話は不意に平介の学校の人々のほうに振れる。白っぽい画面からくる印象もあるが、お互いにゆるやかにしかつながらない日常の点景が、まさに散文的に置かれるといった風情だ。

 秋は可愛い。五歳の彼は忙しい両親によって、平介宅に預けられる。幼児の面倒を男子高校生が見る、というのがうたい文句にある「年の差」関係だ。まず平介は、秋が大人しいのをいいことに、気まぐれに外出してしまったりする。だが、平介が作ったお菓子を食べ、控えめに、実に控えめに嬉しさを表す秋を見て、平介は「やだ。可愛い」と思う。読者もそう思う。
 両親と離れていて寂しくないか、一緒にいたくないのかと問われて「こまるから」とぽつっと答え、決してやんちゃを言ったりしない秋は、幼いなりに「空気読みすぎ」であろう(念のため注釈的に言っておくと、両親は忙しいだけで、ちゃんと秋を愛している)。そんな彼の様子が、いじらしく、可愛い。そして、そうした微妙な表情をとらえる絵が、なんとも魅力的だ。
 一方の平介は授業には最低限しか出ず、留年しそうな彼を見かねた友人たちが集まって勉強会を開いてくれても、飲み物を買いに出ると言って出かけたまま一時間以上帰ってこないような奴だ。こちとらは「空気を読めない」ではなく「空気を読まない」という風情だ。しかし、彼は友人に「落ちぶれてしまえ」と言われながら、それでも、周囲からは嫌われることも孤立することもなく、それなりに愛されている。またそんな彼の「自然体」の姿に惚れてしまう女子も登場する。そして何より、彼は秋に慕われる。

 やや強引にまとめてしまえば、秋と平介の二人は「空気」を「読みすぎ」と「読まない」者のコンビである。そのあたりに、ああ、いまの子のマンガだな、と思う。
 いまの若いひとは、中年の私から見ると、場の空気を察知し、衝突を避ける身振りがひどく上手い。彼らの対人関係は、不器用なコミュニケーションに苦労してきた私からすれば、とても洗練されたエレガントなものに見える。だが、たぶんそれは表面上のことなのだろう。人が変らず他人との深いつながりを求め、求めるがゆえに傷つき、傷つくことを怖れていては寂しさは消えないという原理は、おそらく変わることがないからだ。そんなことを考えると、このマンガに描かれたゆるやかな人間関係は、やはりある種ユートピア的な色彩を帯びているのだろうと思えてくるのである。(伊藤剛)

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.