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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第32回 『バクマン。』 原作:大場つぐみ 漫画:小畑健 (集英社)

バクマン 表紙

(C) 大場つぐみ・小畑健/集英社

 『バクマン。』は、『DEATH NOTE』という大ヒット作を生み出した大場つぐみ・小畑健のコンビによる、マンガ家をめざす中学生の物語だ。

 流されて生きてきた中学3年生の真城最高(サイコー)は、ある日、彼のずば抜けた画力に目をつけたクラスメイトの高木秋人(シュージン)から「俺と組んでマンガ家になってくれ」と口説かれる。秀才のシュージンは、サイコーの画力と自分の文才で、マンガ家としての成功を目指そう、と言うのだ。だがサイコーは、かつて志半ばで亡くなったマンガ家の叔父を通してマンガ界の厳しさを感じているため「マンガ家なんてなれねーよ」と一度は断ってしまう。
 しかし、頭脳派・シュージンの策略(?)によって、サイコーは、ひそかに好きだったクラスメイトの女の子・亜豆美保とすごい約束をしてしまう。自分とシュージンがマンガ家になり、作品がアニメ化されたら、そのヒロインを声優志望の亜豆にやってもらうこと。そしてそのときには、二人(サイコーと亜豆)は結婚する、という約束だ。
 もうこうなったら、マンガ家を目指すしかない。こうして、サイコーとシュージンの「平成まんが道」が始まる・・・・・・。


 原作担当のシュージンは全国でもトップクラスの成績の秀才だが、サイコーに声をかけたのは、成績とは別の基準で、サイコーのことを頭もセンスもいい、と思ったからだと言う。
 ここが、私にはとても興味深かった。
 というのも、通常、少年マンガでは「勝負に勝つ」ことがテーマに選ばれることがとても多い。
 そしてその場合、乱暴に単純化して言えば、ケンカでは腕力の強い方が勝ち、スポーツでは身体能力の高い者が勝つことが多い。いわば「腕力」「身体能力」が「強さ」の基準だ。
 だが、『バクマン。』では、主人公達が挑戦する「マンガ」という媒体において、画力と同時に「頭がいい」ことが「強さ」である、という意味のことをシュージンは言うのだ。

「頭がいい」ことこそが、「強さ」。
 その価値観は、世直しと理想世界の実現のために不思議な力をもつ「デスノート」をつかって人を殺す、主人公・月(ライト)と、それを阻もうとするL(エル)の激しい頭脳バトルを軸として人気を得た前作『DEATH NOTE』とも共通している。


 ずいぶん前から、『週刊少年ジャンプ』のモットーは「友情・努力・勝利」である、と言われているが、それにならうと本作は、「戦略・実行・勝利」と言いたくなるクールな部分をもっている。叔父がかつて週刊誌に連載をもつマンガ家で、作品がアニメ化までされていながら、その後は人気を得られず活躍の場を失っていた様子を見ているサイコーは、「一生食えるマンガ家」だけがマンガ家なのだ、と言うリアリストだ。シュージンも、好きなわけではない今の人気作を片っ端から読んで分析し、作戦をたてようとする。

 だが面白いことに、クールな一面をもつサイコーの一番好きなマンガは、熱血マンガの代名詞・梶原一騎原作(高森朝雄名義)『あしたのジョー』だし、相棒のシュージンに読め、とすすめるのは、同じく梶原原作の怒濤の<マンガ家マンガ>、『男の条件』なのだ。
 やみくもに熱く泥臭い過去のマンガを「好き」だと言うサイコーは、その一方で、「日本一のマンガ家になろう」と言うシュージンに、少子化の時代だから過去のメガヒット作は越せない、だから日本一は無理、と冷静に言い放つ少年でもある。
 そんなサイコーと、頭のよさこそが力、という価値観をもちつつ、サイコーのすすめる熱い作品に涙するシュージンのコンビを描く本作は、「熱いこころ」と「クールな頭」をもった二人による、「クールな熱血マンガ」なのかもしれない。

 なんの目的もなく「生きていることは面倒くさい」と感じながら無難に生きていたサイコーは、シュージンの誘いと亜豆との約束によってマンガ家を目指すことにしてから、寝る間も惜しんでマンガ家になる努力を始める。サイコーは言う。

「俺 こんなに時間がもったいないって思った事ない こんなに真剣に何かに打ち込んだ事も」

 そして、マンガ家になる、と宣言したサイコーに、祖父は、亡くなった元マンガ家の息子(サイコーの叔父)の部屋の鍵を、「マンガ家になるために必要な物が詰まってるんじゃねーのか?」と言いながら渡し、サイコーの変化をこう評す。
「あいつはもしかしたら本当に駄目かと心配もしたが」
「あれでいい」

 退屈するヒマもないほどに打ち込むものがあれば、その日から自分にとって、世界は一変する。
 そんな対象に出会った少年の、成長を描く。
 これぞ、少年マンガの醍醐味だろう。

 だが、ひたすらにがむしゃらだったかつての熱血とはちょっと違って、ただやみくもにやれば報われるわけじゃない、という冷静な判断や分析、情報収集もしながら、「戦略・実行」を積み重ねて「勝利」を目指す少年達の、新種の「クールな熱血」マンガ。
 『バクマン。』は、そんなマンガなのだ。
 続きを、楽しみにしたい。(川原和子)

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