おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第28回 『極道めし』 土山しげる (双葉社)

極道めし 表紙

(C) 土山しげる/双葉社

 『極道めし』は、なんと「食べない」食べ物マンガである。より正確に言えば、「食べられない」食べ物マンガ、となるだろうか。

 舞台は、浪花南刑務所。受刑者がもっとも楽しみにしている、年に一度のおせちの折り詰め。そのおせちをかけて、男達は争奪戦を繰り広げる。ただし、勝負の方法は「旨いモン話」。今まで食べた中で一番旨いと思う食べ物を話して聞かせ、「旨そう」と聞いた者の喉を、一番多く鳴らさせた人間が勝ち、という、「旨いモン話バトル」なのだ。

 なんだかんだ言っても現代の日本は、贅沢さえ言わなければ「つねに食べるものがなく、腹が減って仕方ない」という飢餓状況の人よりは、むしろ「いかに食べ過ぎないか」というダイエット的発想に心を砕く人の方が多いと思う。思う、というか、実際私自身が、スーパーの店頭、テレビ、雑誌、広告、町の食べ物屋さん・・・と、あらゆる場所で目に入ってくる「美味しそうなもの」の誘惑にめっぽう弱く、しかし欲望のままに飲み食いすると、財布の中身はやせ、体重は増える・・・と逆向きなベクトルに大変なことになるため、常に「食べ過ぎ注意」と唱えている次第だ。
 しかし『極道めし』に出てくる塀の中の面々は、皆ここでは必ずなにかをむさぼり食う夢を見る、というくらい日々、腹を減らしている。かつて花輪和一氏の『刑務所の中』を読んだとき、特に甘いもの好き、というわけでもない大の男が、刑務所では甘いものに目の色を変えるようになる、というエピソードを読んで「そういうものなのか・・・!!」と驚いた。だが、自由に食べるものの種類や量を選べない環境では、そういった思いもかけない現象が起こってくるようなのだ。
 そんな環境下、酒はもちろん飲めず、食べることが重要なこととして頭を占めざるを得ない男達が、数少ない楽しみとしているおせちをかけた熱きバトル。盛り上がらないはずがない。

 それにしても、このバトル、単純に見えて意外と奥が深い。
美食ざんまいだった元ホストの相田は、最初は豪華な飯の話をしようと企むが、みんなが知っている食べ物でないと、いくら本人がうまかった、と言っても共感は得られないことを知る。かといって、ポピュラーだが、それぞれがあまりにこだわりがあり過ぎるものだと、これまた「俺の○○とは違う!」というのが気になって、喉は鳴らないのだ。さらに、実は気候や温度、というのも、人が美味しさを感じるには、かなり重要な要素だ、と気づいたりもする。「食いものの話で、いかに他の人間の食欲を刺激するか」を真剣に考えることで、人一倍荒っぽい男達が、はからずもものすごく繊細な心配りをめぐらせ、真剣にバトルしているさまは、なんとも味わい深いし、少しほほえましくすらあるのだった。

 そして、このお話、空腹時に、美味しい食べ物を、噛むか噛まないかくらいの勢いで「思い切りかっ込む」という、行儀悪く野蛮で、しかしシンプルな欲望を刺激されるエピソードが多い。
普段は女性誌のテーブルセッティングの写真を見て「このランチョンマット、かわいいな」とうっとりしたり、「早食いは太る元!」という記事を見ては「そうだよね」とうんうん頷き自分を戒める、というセコい努力をしている私だが、美容と健康に思い切り悪そうだよな、と理性では思うこの「かっ込み食い」、なんとも旨そうで、困るのだ。
このマンガ、ダイエット中の人には、要注意である。喉と腹が鳴るかもしれません、と、警告しておきたい。(川原和子)

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.