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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第25回 『銀魂』 空知英秋 (集英社)

銀魂 表紙

(C) 空知英秋/集英社

 今年創刊40周年を迎え、現在、一番売れている週刊少年誌である『少年ジャンプ』。そこで連載されている『銀魂』は、テレビアニメ化もされ、現在も放映中のヒット作だ。
 舞台は、突然やってきた天人(あまんと)と呼ばれる宇宙人に牛耳られる江戸(といっても、現代の日本と江戸が混ざった、「不思議な江戸」である)。
 侍たちはかつての地位も刀も失い弱体化。そんななか、腰に木刀をさした銀髪の男、坂田銀時を主人公に描かれるSF時代劇コメディ、それが本作である。

 万事屋(よろずや)を営む銀時は、ふだんは死んだ魚のような濁った眼をしてダラダラしているが、実はめっぽう強く、いざというときには頼れる男。そんな彼を慕い、侍魂を学ぼうと万事屋で働く少年・新八や、戦闘種族の天人・「夜兎」の少女である神楽も仲間に加わる。江戸の治安を守る特殊武装警察・真選組、そしてかつての銀時の仲間でいまは攘夷浪士となっている桂など、個性豊かで魅力的な登場人物がドラマを彩る。

 そんな『銀魂』だが、実は、少年マンガのど真ん中といえる『少年ジャンプ』の王道マンガだなぁ、と思う部分と、少年マンガとしてはちょっと変わってるかも、と思う部分が共存した作品だ。

 少年マンガとしてはちょっと珍しいかも、と感じるのは、まず、突出した「言葉」の多さだ。
 単行本には以前、
「日本一セリフが多くて笑える漫画だアアァ!!」
というオビがついていたが、一見してとにかく、やたら文字が多いのだ。しかも、その言葉のやりとりがめっぽう面白いし、各回のサブタイトルにまで味があり、しかもよくよく読めば内容とも微妙に関連しているという懲りようだ(ちなみに私は「考えたら人生ってオッさんになってからの方が長いじゃねーか!恐っ!!」というサブタイトルがお気に入りである)。
 銀時や新八のお笑い芸人のごときやりとりに爆笑しつつも、
「うーん、かつては『口ではうまく言えないから拳で語るぜ!!』的な少年マンガも多かったのに、銀さんって、なんて口の達者なヒーローなんだ・・・!!」
と思わず感心してしまった。

 また、主人公である銀時(や登場人物の多く)が、少年ではなく「大人」(成人)である、というのも、青年誌との棲み分けが進んだ現在、少年マンガとしてはちょっと珍しい気がする。おまけに、立派とはいいがたい「ちょっとダメな大人」が、これまたたくさん出てくる。一時のテンションに身をまかせて幕府の高官からフリーター人生に転落した長谷川(まるでダメなおっさん=マダオ、と呼ばれる)、元盗賊のキャサリン。ヒーローの銀時だって、いいトシしてジャンプを読むのをやめられないダメなおっさん呼ばわりされている。
 そして、万事屋の大家でもあるお登勢さんや発明家の平賀源外など、ゲストキャラも含めて、「お年寄り」と言っていいほど高齢の人物が、これまた重要なポジションでよく登場するのだ。
 こう書くと、なんだかとてつもなく地味な作品のような気がしてくるが、万事屋メンバーである新八や神楽、また銀時たちとはときに敵、ときに味方的なポジションの真選組の多彩なキャラクターがいるからこそ、こういうシブい仕掛けも活きてくる。

 一方、戦いは丹念に描いても食事などの生活のシーンはほとんど描かれない少年マンガも多いなか、『銀魂』には食べる場面がよく登場する。しかも、銀時は第一話から「定期的に甘いもの食わねーとダメ」で、糖尿病寸前と言われるほどの異常な甘い物好きとして描かれる。また、武装警察・真選組のクールな鬼副長・土方十四郎は、なんにでもマヨネーズをかけまくるマヨラーで、丼ものにはとぐろを巻く(!!)ほどにたっぷりマヨネーズをかけるのだ。
 銀時はかつて攘夷戦争(天人の脅威から江戸を守ろうとする戦い)に参加し、白夜叉と恐れられるほどの強さを誇ったにもかかわらず、戦いでたくさんの仲間を失ったことが大きな心の傷になっている。一方の土方も、天人が大きな力を持つ世の中で、ときには納得いかない命令に従わなければならなかったり、武装警察としての行いが市民の批判の的になることも多い。
 戦いを終えた平和な江戸で、過剰なまでの強さをもつ主要人物二人の、あまりに極端な味覚の偏り。それは、強烈な食べ物をとることによって、感覚(=こころ)の一部を麻痺させることで、生ぬるく矛盾多き世の中になんとか適応していることの表れなのでは、と、思わず深読みしたくなってしまう(もっとも、土方は故郷にいるころからのマヨネーズ好きという設定みたいなので、単なる深読みしすぎかもしれないが)。

 それにしてもちょっと不思議なのは、ふだんあまりアニメやマンガに親しまない大人の中にも、「『銀魂』は好き」という人が少なからずいることだ。
 というのも、『銀魂』は作者によるセルフパロディともいえる「3年Z(ズィー)組銀八先生」という番外編があったり、作中で銀時が『ジャンプ』を読んでいてセルフつっこみをしたりするため、その自己言及的な表現スタイルは、ファンを限定するのかも?マンガを読み慣れてない人にはウケないのかも?と思っていたからだ。
 だが、特にマンガ好きというわけではないファンの存在を知ってから改めて考えてみれば、本作のギャグは、実在のタレント名や番組や曲名の引用といったサブカルチャー的要素に満ちていながら、なぜか「これを知らない奴はお断り」的な、閉じた感じがあまりしないのだ。
 それは、固有名詞の引用が、
「俺らの生きてる世界って そーゆー世界じゃん?」
という
「読者と地続きの世界」
の表現になり得ているからではないか、と思うのだ。
 そう、『銀魂』の世界は、天人がのさばり着物を着た人々がケータイを持つヘンテコな江戸なのに、たしかに、私たちの生きるこの世界とつながっている。それは、そこに生きる登場人物の直面する問題ともつながる、ということだ。
 その問題とは、考えの違う他者と否応なしに共存しつつ、必ずしも納得できることばかりではない世の中で、肩の力を抜きながらも自分の譲れない一線は守り抜くこと。
 それは、はっきりとした規範や大義が存在する中で、緊張しながらそれを守って生きることよりも、ある意味では難しいことだ。
 それでも銀時たちは、「ここではない(すばらしい)どこか」を目指すのではなく、「他ならぬ(なんだか小汚ねェ)ここ」で、ときにあくせくと働いたり、ときにダラダラと遊んだり、どうしようもないときは戦ったりもしながら生きているのだ。「俺の美しいと思った生き方をし 俺の護りてェもん護る」、そんな「俺の武士道」を貫きながら。

 ところで、本作の登場人物たちは、なぜかしょっちゅう鼻をほじったり、フツーのマンガではカットされがちなトイレに入るシーンまで描かれることが多い。
 強いが見た目はかわいい少女である神楽まで、大人の男も泣きそうな毒舌も吐けば、ときには胃の中身まで吐いたり(!!)もするという、なんとも油断ならない生々しさなのだ。
 これらの本作の特徴が表していること。
 たぶんそれは、人間とは、食べ、飲み、排泄しときに嘔吐し、鼻をほじり、時に道をあやまり、やがて老いて死んでいくみっともない存在だ、ということだろう。
 しかし作者は、それをまるごと肯定してみせる。年をとりやがて死にゆく、表面的には汚らしいダメな生き物だけど、ときに大事ななにかを守ろうと必死になる。その姿はやはり、美しく愛おしい。人間とは、そういう存在なのだ、と。

 『STUDIO VOICE』2008年2月号の「[少年ジャンプ]というジャンル!」という特集の座談会の中で、更科修一郎氏は

「[ ジャンプ ]の基本って、実は“エログロ・バイオレンス”と“人間讃歌”なんですよ。」

と指摘する。
 この指摘にならえば、やや少年マンガらしからぬいくつかの特徴も備えつつも、『銀魂』はまさしく、ジャンプマンガの正統な後継者だといえる。
 作中では下ネタがとびかうし(タイトルからして読みの濁点をとると、人前で叫ぶのはまずいかんじの言葉だ)、銀時はじめ主要人物は実は皆腕っ節が強く(バイオレンス要素)、しかし同時にダメな部分もたっぷりもった人間であることが、切れ味のよいギャグを交えつつ描かれる。
 『銀魂』は、スルドくもくだらないギャグで照れ隠しをしつつも、その本質はまさに、骨太な「人間讃歌」だ。主人公の銀時は、特権的なくらいに肉体的に「強い」けれど、同時に腕っぷしの強さによる戦いで大きな何かを変えることはできない、という諦念を隠し持つヒーローでもある。だから、ときに大事なものを護る戦いをしつつも、少年マンガが陥りがちな「さらに強大な敵があらわれて、それを倒す」ことの繰り返し的展開には、決して陥らないのだろう。

 我々の世界とはちょっとズレた江戸を舞台に、私たちの住む世界と同じ問題を生きる登場人物の姿が描かれる本作は、子どもはもちろん、「大人も楽しめる少年マンガ」なのだ。
 ちなみに私は、ふだんは同年代の『銀魂』ファンの女子同士で「最近、銀さんのことが本気で好きすぎて、自分で自分が恐いよ!!」とか、「近藤局長は単純でかわいいよねぇ」とか「桂の美貌って、なんか女装時にしか活かされてなくね?」などとアホ丸出しのキャラ萌えトークを繰り広げているのであった。女性誌にはあまり載ってない(であろう)、アラフォー世代女子の楽しみと言える(・・・そうか?)。ちなみに、アラフォーとはAround40の略で、40歳前後の世代のこと。ステキ感あふれるアラフォーという単語で己の行為を飾ってみたが、かなり無駄な努力だった気もする。
 ・・・長々書いてきた分析、自ら台無しにしてますかそうですか。
 でもたぶん、おおかたの読者は小難しい分析とか抜きに楽しんでいる、とも思うのだ。
 ギャグに笑い、人情話に泣き、キャラにミーハーに騒ぐことも許容してくれ、それでいて分析したくなる誘惑にも耐える強度ももつ。そんな懐の深さも、『銀魂』の魅力なのである。(川原和子)

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