おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』
第14回 『悪魔とラブソング』 桃森ミヨシ (集英社)
(C) 桃森ミヨシ/集英社マーガレットコミックス 現在3巻まで発売中、以下続刊
本作を読んだとき、作者の前作『ハツカレ』との落差に、まず驚いた。
『ハツカレ』は、高校生のチロ(千尋)が、初めての彼・ハシモトくんと少しずつ距離を縮めていく様子を描いた初々しいお話。台詞はすべて関西弁で、方言のやわらかさやあたたかさが、いい意味での生活感やリズムを作っていて、王道のラブストーリーに新鮮な力を与えていた。
また、『ハツカレ』では、チロをはじめとした登場人物たちの表情はしばしば、「うつむき加減で赤面」し、さらに「上唇のみを描かれる」、という形で表現されていた。下唇をかみしめているかのようなその描き方からは、初めての恋にとまどい、言いたいことがうまく言えないもどかしさや、考えに考えた末に言葉を見つけ出している、という雰囲気がとてもよく伝わってきた。そして、ヒロインのチロは、同性の友人たちに囲まれた、かわいくておっとりやさしい女の子だった。
そんなチロとはあまりにも対照的に、本作の主人公であるマリアは、ストレートな言動をとり、集団の中で強烈な違和感をもたらす人物として描かれる。
イマっぽい言葉でしゃべるクラスメートの中で、マリアは相手を「おまえ」と呼び、断定的な言い切り口調でキツい内容を言い放つ。『ハツカレ』の表紙のチロは、(長身のハシモトくんを見上げるかのような)上目遣いに描かれているのだが、『悪魔とラブソング』のマリアは、背が高いせいもあり、相手をやや見下ろすような目線で描かれ、目立つ華やかな美貌もあいまって、とても威圧的で挑戦的な印象をもたれてしまう。
そんなマリアだが、実は決して周囲に喧嘩を売っているつもりではなく、ただただあまりにもまっすぐな性格であることを、何人かのクラスメートが気づいていく。人と関わることをあきらめようとはしないマリアが起こす波紋は、人気者だが本音を見せない優介や、傍観者をきめこんでいたクールな男子・目黒、そして女子のあいだでなまあたたかいが残酷な扱いを受けていた友世の、隠していた本心をひきずりだし、さまざまな人を巻き込んでいくことになる。
集団の中で浮き上がるマリアは、まるで周囲の欺瞞を映し出してしまう鏡のようだ。クラスで孤立し、激しい反発と憎しみを一身に受けるマリアは、表面的な明るい仲良しごっこへの異議申し立てのような存在なのだ。
アップと独白を多用することで、マリアたち登場人物の内面に読者を引き込みながら、気持ちを逆なでするストレートな言葉をぶつけあうこの作品は、読むとほんわかした気持ちになった『ハツカレ』とはかなり趣が違っている。だが、読む人の気持ちをざわめかせる本作は、「いま」の問題を「いま」を生きる読者にストレートに伝えたい、という作者のパワーと強い意欲の表れだと感じられる。そして、一見逆ベクトルに見える『ハツカレ』と本作の共通したテーマも見えてくる。それは、「人と、本当の意味でつながりたい」という思いではないだろうか。
クラスの女子の中心人物・井吹ハナが登場し、更にさまざまな感情が交錯していく部分が収録された3巻は2月25日発売。
ぜひ、いま、読んで欲しい作品だ。(川原和子)