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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第11回 『鈴木先生』 武富健治 (アクションコミックス)

鈴木先生 表紙

(C) 武富健治/アクションコミックス

 私は1月12日発売の、この“妙な”作品の単行本四巻に解説を書いた。風変わりな、といっても違う、奇妙な、と形容してはもっと離れる、あれこれ考えて、やはり「妙な」という言い方がしっくり来るような気になった。しかし、まだ落ち着かない。そんなマンガである。
 2007年には、平成19年度文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞、『このマンガがすごい! 2007オトコ版』(宝島刊)第4位、『このマンガを読め!』(フリースタイル刊)第6位という評価を得ている。単行本一巻あたり約10万部というセールスからいえば、スマッシュヒットという部類だが、いわゆる玄人筋のマンガ読みに評価されている。30代以上の男性読者にとくにアピールしているだろうと予想していたのだが、編集部に尋ねたところ、実際にそうだった。とはいえ、そろそろ他の層にも波及するのではないかという気配がする。

 『鈴木先生』は、中学校を舞台とする教師モノである。登場人物やあらすじが気になる方は、各自、検索してウィキペディアあたりを参照していただきたい。普通、こんな投げやり(に見える)レビューの書き方はしないものだが、ここはあえてそうしてみた。私は『鈴木先生』の内容やあらすじについて決して論じることはない、と言いながら書くのである。

 ・・・・・・ とまあ、必要以上に読者を「じらす」ような文章を試みたのだが、私の目論見は上手く行っているだろうか。なぜこんな柄にもないことをしたかといえば、それがこの「妙なマンガ」にはふさわしいような気がしたからである。『鈴木先生』を読んだ私たちは、いつのまにかこのマンガについて語ってしまっている。それも、気がつくと「語らせられている」というような感覚だ。言い換えれば、私たちは知らず知らず『鈴木先生』という作品に対する関心をかきたてられる。しかしそうさせるものの正体が分からないというもどかしさがあり、それがまた新しい関心を呼ぶ・・・・・・ というループに陥る。精神科医の斎藤環さんならば、これを「境界例的テキスト」と形容するだろう。

 たしかに、むやみに濃い筆致で描きこまれた細部、さらに鈴木先生ほかの登場人物のこれまた異様な長広舌による議論・・・・・・ などの異様さは誰の目にも明らかだろう。しかし、この作品は一方で「金八先生」的な、戦後のある時期以降主流となった「理想の教師像」という虚妄をひっくり返す批評的なものであると思わせた次の瞬間、自らの持つ過剰さで、その解釈をさらに裏切ってみせる。また一方でひどくシリアスなドラマを、粘っこく描いていると思わせながら、私たちは同時にひきつったように笑っているのである。ではシリアスな描写をパロディックな身振りとして使ったギャグマンガだ、と解釈しようとしても、それも違う。また逆に、この笑いを、人間の滑稽さ、愚かさがえぐりだされた結果と考え、やはりこれはシリアスな人間ドラマと理解しようとしても、やはり違う。同じように、たとえば登場する女子中学生たちのファッションや言葉遣いに現代の感覚が見られないからアンリアルである、と言った次の瞬間、そうした描写の精度というレヴェルとは異なったレヴェルのリアルがある、という解釈が立ち上がる。この作品がそもそもアンリアルなものを孕んでいることは、鈴木先生ほかの長広舌を口に出して音読してみれば分かる。登場人物の「声」というレヴェルのリアリズムもまた、捨てられている。このように私たちの「読み」は宙吊りにされ、定置しない。もしかすると、そのことこそが作者の意図なのではないかという気になってくる。

 さらにいえば、単行本一冊ごとに批評家による「解説」がつけられていること自体、マンガ作品としては異例のことだ。しかも解説者の選択は、作者・武富健治自らによる。一巻、大西祥平。二巻、宮本大人。三巻、紙屋高雪、そして四巻が私である。解説を担当した私たちはひどく難渋な仕事を望んで請け負ったわけだ。
 少なくとも、宮本さんと私はそうだった。彼とは、私たちはなぜ我々はかくも『鈴木先生』について語り合ってしまうのか、という話をずいぶんした。私と宮本さんの話が、どうにも迷宮めいたものになったのは、もしかしたら我々の「解説」という、作品のすぐ隣にある作品外の言説もすべて「作品」を構成するパーツとみなされているのではないか? この作品は本質的にメタフィクションなのではないか? という、いささかおそろしい想像にもよっただろう。

 いずれにせよ、三巻で出てくるセリフをもじっていえば、「返しにくい球だ!」というわけである。たぶん、あなたにとってもそうなんじゃないかと思う。(伊藤剛)

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