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本と本屋と

最終回  本屋になる

 「書店員」という言葉になじめない。
 書店に就職すれば、アルバイトでも、その日からなれる。「書店で働いている人」という以上の意味はないのに、なんだかえらそうである。
 「員」を辞書でひくと、「何かをする目的で構成された人たちの集まりの中のひとり」とある。仰々しい。とにかく「集まりの中のひとり」なのだ。書店という箱のなかで働く、ひとり。

 それよりは、「本屋」がいい。「屋」を引くと、「それだけを専門に扱う職業(の人)。[その商店を指す場合もある]」とある。店構えより、職業や人といった個人的なものをあらわしている。「本屋」は「本を売る(出版する)店や人」。売るだけではない。本を生業にしていれば、本屋なのである。

 何年か前に、ビッグイシューの「POP作成講座」に参加した。ビッグイシューとは、ホームレスである販売者が300円の雑誌を路上で売り、1冊につき160円の収入を得る、ホームレスの自立支援事業である。
 「本を売るプロである書店員さんに、販促のためのPOP作りを手伝って欲しい」
 といわれ、普段POPなどめったに書かないくせに出かけていった。
 翌日発売になる最新号を見ながら、ビッグイッシューの販売員の方たちと話をした。テーマは「地球温暖化」で、表紙をアンパンマンが飾っている。
 まずは、私たち書店員がそれぞれにPOPを書いてみる。ふつうのPOPは文庫本くらいの大きさだけれど、遠くからも見えるように四切の画用紙を使う。
 それを見ながら、販売員さんも思い思いに作っていく。
 「絵は苦手で」
 といいながらアンパンマンの絵を描く人や、私の書いた「アンパンマンに地球は救えるか?」というコピーを使ってくれる人もいた。書きながら、声があがる。
 「そもそも、初めて見る人には僕らが雑誌を売っているってことがわからない。何か持っているな、っていうだけで通り過ぎちゃうんです」
 「値段と『99号販売中』っていうのを入れました。これでわかるでしょう」
 「僕はいつも声を出しているんです。『雑誌です、最新号売ってます』って」
 「書いてあるだけじゃ見えないからね」
 「発売日から日が経つと売れゆきが鈍るから、言うことを変えてみたり」
 「朝は立ち止まれなくても、昼休みに買いに来てくれる人もいるね」
 なるほど、と思うことばかりだった。私は雑誌の内容を伝えることだけ考えていたけれど、まずは何より「本を売っている」というのがわからなければいけない。
 書店のお客さまは、そこに売っているのは本だと知っていて、本を買いに来ている。ビッグイシューのお客さまは、違う。移動中や通勤中の人に、路上でいきなり雑誌を買う気にさせるのは、ものすごく難しいことだ。販売員の方はそれをなしとげるため、POPを首からさげ、雑誌を頭上に掲げて、大声を出しつづけている。全身で本屋になっている。これこそ「本を売るプロ」だ。
 書店の外に出ても、私は本屋なのだろうか?

 学会やイベントに、たまに出張販売に行く。会計するのが追いつかないほど売れることもあれば、誰にも見向きもされないまま本の山を眺めていることもある。売れゆきは本の力よりも、学会やイベントの雰囲気に左右される。
 売り子の力はどれくらい作用しているのだろうか。講演のあと、
 「先生の著書をこちらで販売しております」
 と声を上げたり、イベントのお客さまにチラシを配ったりはするけれど、それ以上に「本屋」としてどんな仕事ができるのだろう。
 棚はつくれないし、カバーさえかけずにそのまま渡したりする。単なるレジにすぎない。
 スーパーの試食販売なら、売り子によって売り上げは全く変わってくるだろう。通りがかる人に声をかけて、一口すすめ、「こんな料理ができますよ」などと話して、買ってもらう。
 本屋の出張販売は、立ち止まらせることはできても、あとは本の力頼みだ。
 「初めてならこちらがおすすめです。それとあれは書いてあることはほぼ一緒ですね」
 などとはいわず、本を開くお客さまをじっと見守っている。
 何も、できないのだろうか?

 この夏、書店を辞めて、秋に本屋になることにした。
 ビッグイシューを売るより難しいことかもしれないけれど、決めた。
 今まで店に来てくださった方、本を買ってくださった方、出版社と取次の皆様、著者の方々、一緒に働いてくれた人たち、そしてこの連載を読んでくださった方、本当に、ありがとうございました。
 これからも、よろしくお願いします。



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