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本と本屋と

第15回 本屋は静まる

 


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電子かたりべ
 歴史の棚を整理していたら、遠くで大学生らしき女の子ふたりが
「静かだよ」
「これじゃ聞こえちゃうよ」
と話している。なんだろう、と思っているとこちらに近づいてきた。小さな声で、
「あの、恋愛系の本ってどこですか?」
「3階でございます」
「あ、ありがとうございます」
よかったねー、と話しながら去っていった。なるほど、周りのおじさん達にはきかれたくなかろう。はじらいがかわいらしい。
「モテる本とかってあります?」
と大声できいてくる男子学生もいるのに。

 店員のおしゃべりがうるさい、携帯で話している客がうるさい、といったクレームは後を絶たない。本屋では静寂が求められる。BGMを止めて欲しいというのもあった。テスト中の教室のように静まりかえっていると緊張するから、少しくらい音楽が流れている方がいい気がするけれど、そこは人それぞれである。
 有線で流れてくるのは、当たりさわりのない、歌詞のない音楽である。なのになぜか人の神経を逆撫でするのもあって、店員同士で、
「今月のあの曲・・・・・・」
「いらいらしますね」
「チャチャーンってところ、昼のメロドラマみたいで」
「そうそう、チャチャーン」
と歌いあったりもした。
 喫茶店を経営する知人がうらやましいのは、自分で選んだ音楽を流せるところだ。本屋もCD屋のようにジャンル別に音楽を変えてみるのはどうか。「うるさい」と、言われるだろうけど。

 ときどき喫茶室を貸し切って、著者のトークセッションを催す。売り場の隅にある喫茶には壁もなく、声が筒抜けである。盛り上がって客席が大笑いになったりすると、うれしい反面すこしひやひやする。そんなとき、けげんそうな面持ちで喫茶に近づいてくる人がいる。入口の案内文を読み、伸びあがって中を覗き、また案内文を読み、中を覗き、何度か繰り返したのちにぱっと受付に向き直って、
「今からでも入れますか?」
「立ち見になりますが」
「結構です」
と、お金を払って入り、最後には本を買ってサインももらって帰っていく。静かだからこそ、人の声が力をもつ。

「あーもう広すぎて探せない、むかつく」
「店員に聞けよ」
「えー。おまえ聞けよ」
といった若者たちの会話、
「ちょっと、そこのおにいさん・・・・・・ あら、おねえさんね、ごめんなさい」
と私を呼び間違える(!)年上の女性の声、
「あ、先生この本出したんだ。いろいろもめたけど」
「そうなの?」
という事情通の裏話、
「お、洋書がある。あのね、ニーチェは千年後も残るよ」
「本当?」
と彼女に語る彼氏の講釈、そしておそらく
「これいったいどこに置けば・・・・・・」
とつぶやく私のひとりごとも(ときに歌っているのも)、
 本屋では、全て筒抜けなのだ。

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