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本と本屋と

第14回 本屋でぶつかる

 


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電子かたりべ
「立ち読み禁止、座り読み歓迎」
というフレーズがある。机と椅子をご用意しました、どうぞ座ってじっくり選んでください、ハタキで追い回したりしませんよ、という本屋からのアピールだ。
 これは本を選ぶ人だけでなく、他のお客さまや店員にも利がある。

 本屋の通路は概して狭い。つい棚を詰めこんで、1冊でも多く本を置こうとする。棚の前で大きなリュックを背負った人が立ち読みをしていると、後ろを通れない。満員電車のように、「大きな荷物は前に抱えてください」とお願いしたくなる。本屋の入口にコインロッカーがあればいいのに。
 本当のことをいえば、個人的には立ち読みのほうが好きだ。CDなら試聴機が必要だし、洋服なら試着室に行かなければならないのに、本はその場ですぐに開いて見られる。気楽なのがいい。うっかり座ると落ち着きすぎて眠くなってしまう。これも電車と同じだ。実際、座っているお客さまのなかには、本に飽きて携帯を開いたり、虚空を見つめたり、眠ったりしている人もいる。あまり関係ないことをされると注意せざるを得ないので、お気をつけください。

 お問合せを受けて、
「探してまいります。少々お待ちください」
と棚に行ったら、めあての場所の前に別のお客さまが立っていて、見えない。一歩下がったところから目をこらし、うまく見つけたら
「失礼します・・・・・・」
と脇から無理やり手を伸ばして、なんとか本を抜きとる。
 混みすぎていて棚の前にさえたどり着けないときもある。身を縮めて、人と人のあいだをすり抜けていく。本屋の店員に必要なのは、視力と柔軟性だ。

 本屋の店員はよく走っている。自分だけでなく、他の店でも見かける。デパートではあり得ない光景だ。
「ベビーカーはどこですか」
と聞かれたなら、
「まっすぐ行って右側にベビー用品売り場がございます」
と言えるだろう。しかし、
「『野生の思考』はどこですか」
と聞かれたら、つい文化人類学の棚まで走っていって持ってきてしまう。本はみんな同じかたちだから、ベビーカーのように見ればすぐわかるということはない。
 みっともなくて危ないのは重々承知している。せめて「両方の足が同時に地面を離れないように」と、競歩のルールを心がけている。インラインスケートで静かに滑るのはどうだろう。よけい危ないか。

 本に厚みがあるように、人にも厚みがある。人気のある棚には人が鈴なりになる。土日のビジネス書売場の混みようといったら、
「休みの日なのに大変ですね」
とねぎらいたくなるくらいだ。本が見たければ、そこに分け入っていく元気が求められる。ひしめくのは皆ライバルであり同志だ。
 本を取ろうとしたら横から伸びた別の手に触れて、
「あ・・・・・・、」
などという出会いも、あるかもしれない。いざ、元気を出して。

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