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本と本屋と

第10回 縦の本、横の本(1)

 


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電子かたりべ
 昨年の秋、ソウルに遊びにいき、教保文庫という本屋を訪ねた。ワンフロアで2700坪、韓国で最大規模である。広場のような通路に平台がドン、ドン、と点在し、『ハリー・ポッター』や『ザ・シークレット』が螺旋状に積まれている。そのまわりに棚が何本かずつ並んで区画をつくり、天井から「ビジネス」「芸術」といった看板が下がっている(読めなかったけど、おそらく)。

 まずは日本で出版された書籍のコーナーに向かう。文庫は日本と同じような薄い棚に入っていたり、料理や手芸の本が1冊ずつビニール袋にくるまれて棚2本分くらい並んでいたり、なぜこの本が? と思うような専門書が3冊もあったりと、たいへん興味深かった。インターネットでの販売が中心だという。

 他のジャンルも見にいく。ハングルは読めなくても、棚の雰囲気からなんとなく内容がわかる。ページに余白が多いから詩集らしい、棚1本分並んでいるのは韓国版『現代詩文庫』だろうか。薄くて大きいのは学習ドリルだ。「2008」とあるから受験対策用か(ちょうど前日にセンター試験にあたる「大学修学能力試験」が終わったそうだ。騒音がしないように車の交通規制があった、とバスガイドさんが話してくれた)。

 見ているうちに気になったのは、背表紙の書名が横書きであることだ。読めなくてもつい首を横に傾けてしまう。新聞には縦書きの見出しもあったのに、なぜ縦に書かないのか。
 
 帰国してから調べてみる。ハングルは昔は縦書きだったが、今は横書きが主流らしい。フム、と納得しつつ、ふと不安になる。あれは本当に横書きだったのか。ハングルを知らない私に、縦と横の区別がついたのだろうか?

 職場の語学書の売場を覗いてみる。韓国語の書籍の取り扱いはない。それでも棚を見ていくと、何冊か日本で出版された韓国語の本があった。表紙の文字と照らし合わせてみると、背表紙はどうやら縦書きになっている。中国語も同じだ。
 こんなはずでは。勘違いだったのか、とがっかりする。韓国語の本を置いている店を知らないので確かめようがない。どこかの図書館に電話してみようか、と考えるうちに、思いついた。聖書がある。日本聖書協会を通して、聖書だけは各国語を取りそろえているのだ。
 棚に駆け寄って確かめると、背表紙は横書きだった。勘違いではなかった。教保文庫の膨大な在庫のなかには縦書きのものもあったかもしれない、そちらが多いのかもしれないけれど、横書きのものも確かにあったのだ。

 私の働く店では、英語とドイツ語とフランス語の書籍を扱っている。棚に本を入れるとき、ドイツ語とフランス語は英語以上に首がねじれる気がしていた。英語が右に90度だとしたら、独仏語は270度である。うっかり逆さまに本を差してしまい、あれこっちが下だったとひっくり返すものの、どうも気持ちが悪い。なじみがないせいかなと思っていたが、あるとき気がついた。英語の書名は背表紙の天から地に向かって横書きされているのに、独仏語は地から天に向かっている。同じ横書きでも正反対である。どうしても逆さまに見えて、中身がどんどん下にこぼれていくような気になる。

 以前プラハの本屋を覗いたときは、棚に本が横たわって積まれていた。背表紙は読みやすくても、本は抜きにくい。日本では古本屋でよく見かける。これは読みにくいうえ抜きにくい。
 外国の人が首を傾けて洋書の棚を見ていることはないから、きっと慣れれば90度回転したまま読めるのだろう。日本語はいつも親切に向きを変えてくれるから、そっぽを向かれると読めない。甘やかしてもらっている。

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