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本と本屋と

第8回 想像の本

 


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電子かたりべ
「この本ありますか」
と携帯の画面を見せられた。「上杉謙信」とだけある。
「これがタイトルですか」
「はい」
「著者と出版社はおわかりですか」
画面をスクロールして、
「ええと、著者は矢田俊文さんで、出版社は・・・・・・ミネルヴァ書房です」
ぴんときた。「日本史シリーズ」の棚に行き、<ミネルヴァ日本評伝選>を端から見ていくと、見つかった。新人物往来社からも同じ書名の本が出ているし、吉川英治の時代小説や子ども向けの伝記もある。同じ著者の『定本上杉謙信』という本も高志書院から出ている。それでも「ミネルヴァ書房でタイトルが日本人名」とくれば、日本評伝選なのだ。

 著者と出版社を必ずきくのはタイトルが多少間違っていても探せるように、また似たタイトルの本が他にあっても特定できるように、といった理由だけれど、実は「本がイメージできるように」というのもある。
『こんなとき私はどうしてきたか』といわれて「?」となっても、
「著者は中井久夫さんです」
といわれればすぐコーナーに案内できる。
 さらに値段もわかれば、
「吉川弘文館で7500円、緑色のA5判ハードカバーかな」
「校倉書房で7500円ならグレーの函入りの<歴史科学叢書>だ」
とだいぶ具体的に見えてくる。カウンターに戻って検索しなくても、なんとなく探せる可能性が出てくる。
 もちろん予想が外れることも多々ある。思いこみで見当違いな場所ばかり探していたら、お客さまが別の棚で
「あ、あった」
と手を伸ばしたりして、
「まさかB5判だったとは! やられた!」
と一本取られた気になる。

 本のイメージは色や大きさだけではない。
『インターネット時代の教育情報工学 1 』(森北出版)が「情報科教育」の棚に1冊ある、というデータを確認して棚に行くと、どの本にも「情報」「メディア」「教育」といった単語ばかり並んでいる。大きさもみんなA5判で、目がちらちらして一向にたどりつけない。そんなとき、
「森北出版は円を縦に割って一筆書きにしたようなマークだった」
と思いだして背表紙の下の方を見ていくと、めざすマークが2個並んでいる。それはつまり探している本の「1」と「2」なのだった。こうなると「してやったり」。晶文社の犀、未來社のぶどう、どこにいても目立つのはありがたい。

 何のイメージももてないまま棚を見つめるのはとても不安で、見つかりっこない、とだんだん弱気になってくる。探しているものがどんなかたちをしているのかわからない、手がかりは背表紙の文字しかないなんて、無茶だ。どこからがタイトルなのかわからない本もあれば、読みとり不可能な色合いで文字が書かれていることもある。文字以外の手がかりがどうしても欲しい。困り果ててGoogleのイメージ検索をすると1件くらいは表紙画像が出てきて、
「この本は本当に存在するのか、青いのね、よし、もう少し探そう」
と元気がでる。北大路書房の目録は品切れ本も含む全点の表紙画像を載せていて、とても親切だ。

「塾でこれをすすめられたのですが」
と、受験生のお母さんらしき人に声をかけられた。なんでしょう、とプリントを覗くと『日本史大事典』(平凡社)とある。はてどんな本だっけ、と検索して、口がぽかんとあいた。棚に案内して、こちらですと見せると、お母さんもぽかんとした。
「これ、ですか」
1冊18350円、全7巻(もう揃わないらしい、池袋本店には7巻の索引以外はまだあります)。こんなのすすめるなよ、とまず思い、いや、世の中にはこんな本もあると知っておくのはいいことだ、と塾の先生の心意気に感じもした。
「これですか・・・・・・」
1巻を手にとり、しげしげと眺めて、
「とりあえずいいです」
と棚に戻して帰っていった。無理もない。想像を超えた本に出会って、買えなくてがっかりしたかもしれないけれど、少しは面白いと思ってくれているといい。次はぜひ受験生ご本人を連れてきてください。

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