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本と本屋と

第6回 おなじ本

 


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電子かたりべ
 ある集まりの帰り道、『ぐりとぐら』(福音館書店)がもう百何十刷らしいという話題になった。あまりに大きな数字にため息が出る。別の出版社に勤めるひとりがいう。
「そうでしょうね。私も、今までに何冊も買いました。友だちの子どもにあげたりして」
なるほど、と思う。本屋が他の小売りと違うのは「お客さんは同じ商品を二度と買わない」ところだとよくいわれるけれど、例外もあるわけだ。「孫に買って読ませた」「友人に配った」という読者の声が広告に載っていることもある。しかし私が売っている本、そして彼女がつくっている本は全くの専門書で、プレゼント需要は見込むべくもない。さらに嘆息しつつ、解散した。

 人のぶんも、という買いかたが専門書にもあるとすれば、学校の授業のテキストである。問合せを受けて本を持っていくと、
「あと一冊ありませんか?」
と必死の形相で詰め寄られることがある。
「今はこの一冊だけで、取り寄せると十日ほどかかります」
と説明すると、
「全部コピーしようか!」
と隣の学生さんとおそろしい相談が始まったりする。

 自分のためにもう一冊ということもあるだろう。読み過ぎてボロボロになったとか、お茶をこぼして読めなくなったとか。最初から読書用と保存用に二冊買うマニアもいる。
 『「たま」という船に乗っていた』(ぴあ)の刊行記念として著者の石川浩司さんに来ていただいたとき、サイン会の列で、
「出てすぐに買ったけど、もう一冊買います!」
「私は三冊買います!」
と叫ぶファン達の姿に感激した。たくさん買って好意を示す。そうやって著者と出版社を支えていくという考え方が、アイドルや有名人の本以外にも広がればねえと夢想した。

 ともあれ基本は「お客さんは同じ商品を二度と買わない」。一冊の本が十冊売れたら、十人の人が店に来てその本を買っていったということだ。どんな十人だったのか。顔も年齢もまったくわからないけれど、想像すると楽しくてにやける。

 ところで、「買った本を返品したい」といわれるとき、一番多いのはまちがえて別の本を買ってしまったという理由である。それと並んで、同じ本を二冊買ったというダブり購入が多い。コミックの発売日に「弟も同じ巻を買ってきました」と小さな兄が申し出てくるのはかわいい。「上下巻を買ったつもりが両方とも上巻だった」場合は「上巻を二冊でよろしいですか?」と確認しなかったレジの担当者も悪い。「家に帰ったら同じ本があって……」と照れながら打ちあけられると、そういうこともありますよね、と頷きたくなる。私も珍しい本だと思って買ったらもう持っていたことがあるし、知人の巨大な本棚の整理をしたら三点がダブっていたし、別の知人は推理小説を買ってきて読みすすめ、犯人がわかって初めて「この本は読んだことがある」と気づいたそうだ。
 原則として返品はできないことになっているけれど、「二度も買うほど気になる本なのですから、ぜひ読書用と保存用に!」などというわけにもいかず、しぶしぶ別の本との交換に応じるのだった。

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