本と本屋と タイトル画像

本屋になる

第8回 本を選ぶ

 『わたしのブックストア』(北條一浩、アスペクト)という本の取材を受けたとき、メールで届いた質問のひとつにつまずいた。
〈沖縄本に力を入れているということですが、その中でもこれまでいちばんたくさん売った本と、宇田さんご自身のいちばん好きな本を教えてください〉
 今あらためて読みかえして、きちんと考えられた質問だなあと思う。「これまでいちばんたくさん売った本」というのは本屋としての私への質問で、「宇田さんご自身のいちばん好きな本」というのは、言葉のとおり私個人への質問。
「本屋は好き嫌いで本を見ているのではありません」
 という逃げかたは、できない。
 好きな沖縄本というものを考えてみる。
 私が「沖縄本」を知ったのは書店で働いていたときで、最初から売る対象として出会った。買って読んでも、沖縄本のなかでどういう位置づけにあたるのか、どんなふうに出版されたのかを考えてしまい、純粋に内容を楽しむ読書はしなかった。東京から沖縄に来てからは、ゆかりもないのに沖縄本を売らせてもらっているという感じがいつもしていて、簡単に好きとか嫌いとかは言えないような遠慮もあった。
 結局、どうしても「これ」とは言えなくて、3冊も挙げてしまった。

 著者の北條さんは同時期に『冬の本』(夏葉社)の編集も手がけられていて、こちらには原稿を書いた。
〈「冬」と「本」という2つの言葉(モチーフ)から、あるいは「冬の本」という1つの言葉から、自由に世界を組み立てていただきたいと思います。ルールはただ1つ。そのエッセイの中に、1冊の本が登場するということ。〉
 好きな本でもそうでなくても、冬に結びつけられればなんでもいいという。これまた困った。「冬の本」フェアをするのならいくらでも選べても、1冊について書くとなると話は別だ。しかも文字数は1000字だから、思い入れがありすぎても書ききれない。定番は他の人とかぶるかもしれないし、かといって無理にこじつけるのも、誰も知らない本をこれ見よがしに出すのもいやだし、とさんざん悩んだ。
 いざ本が出てみたら、山崎ナオコーラさんも同じ著者の本を取り上げていた。最後まで迷った本は別の人が書いていた。あいこ、セーフ。じゃんけんみたいで心臓に悪かった。

 本屋として本を選ぶ機会もあった。選ぶほど本を知らないと断りかけたものの、数ある本屋のなかで、この沖縄の本屋に選んで欲しいと言ってくれるのなら、応えようと考えなおした。今ここで働いているのは私しかいないから。
 休刊後もweb上で発信を続ける「STUDIOVOICE」からは「沖縄を考えるための10冊の本」を選ぶように依頼され、復帰前から最近までの沖縄本を紹介した。沖縄県内で発行(編集)された本、できれば絶版になっている本を中心に、と自分で決めた。沖縄の古本屋でしか見られない本を紹介したかった。
 女性誌「FRAU」(講談社)2012年11月号の「きっと好きになる、沖縄本」は、「流通しているものを挙げて欲しい」と要望されたので、まったく逆にできるだけ本土で発行された本、絶版になっていない本を選んだ。
 ジャンルを一通り網羅したうえで出版社がかぶらないように組み合わせていくから、1冊入れ替えたら他も替わる。パズルのように組み立てて、ぎこちなくも自分なりの絵をつくる。本屋がいつもやっていること、やっていなければいけないことなのに、こういうときしか意識できない。
 ただ、狭い店といっても3000冊はあるのだ。いい本も悪い本も見てもらったうえでお客さまに選んでもらうのに、本屋で選びすぎちゃったら、つまらなくない? やっぱり棚を見て欲しい。

 お客さまに
「どれがおすすめなの?」
 と聞かれたときは、だいたい山之口貘の『鮪に鰯』(原書房)を出している。1964年に出版されて2010年に復刊された、臙脂色の函があざやかな詩集である。山之口貘はちょうど100年前に那覇で生まれて、この詩集が出る前の年に亡くなった。
 真に受けて読んだ人に
「どこがおもしろいの?」
 と問いつめられたこともあるけれど、そこまでは責任がもてない。
 年末にまた読み直してみて、気がついた。『鮪に鰯』より『定本山之口貘詩集』のほうが面白い。こちらは1940年に山雅房から出された詩集を原書房が1958年と2010年に再刊したもので、『鮪に鰯』以前の詩がまとめられている。函は灰色。
 見た目も書名も『鮪に鰯』のほうが目をひくので、深く考えずにすすめていた。まずい。でもこれを読んで気に入ったなら『定本山之口貘詩集』も読むだろうし、気に入らないならどちらを読んでも同じ。だから、いいんだ。と正当化して、これからも『鮪に鰯』をすすめる。




Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.