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本屋になる

第6回 本を守る

 8月最初の日曜日に台風11号がやってきて、オスプレイに反対する県民大会は延期になった。私の店での石川浩司さん※サイン会は決行した。サイン会、近くのバーでのライブ、打ち上げが終わって午前2時に外に出たら雨が前から降ってきて、コインランドリーに逃げた。

 8月最後の日曜日に台風15号がくるときいて、今度はイベントもないので気にとめずにいたら、土曜日の新聞に「史上最強クラスの可能性」と書いてあった。台風には慣れているはずの市場の人たちがランプや食料を買い込んでいる。宮古出身の洋服屋さんが台風で電柱が倒れた話をしてくれる。にわかにこわくなった。
 店は通りの中ほどにあるから風は吹き込まないし、アーケードもある。心配なのは家だ。早く帰ってどうにかしようと店を閉めかけていたら、傘屋さんに声をかけられた。
「あのね、この辺りは浸水するかもしれないから、下に置いてある高い本は上の棚に上げておいたほうがいいよ」
 なんと。
「おばさんのところも、ここまで水が出て、夜中に店を片づけに来たことがあるよ」
 ここまで、と胸に手を当てる。
「高い本だけでいいよ。大丈夫とは思うけど、念のためね」
 高い本と2回も言っていた。傘屋さんもたぶん高い傘だけ片づけるのだろう。お互い、狭い店いっぱいに商品が入っているから、全部は上げられないのだ。
 適当に選んで棚の上に横たえ、あとは天にまかせて帰った。火災保険に台風は含まれていただろうか。
 家は窓だらけ、本だらけで、もし窓ガラスが割れても逃げ場はない。ガラスにガムテープを貼ってみたものの気休めにしか見えない。無防備な棚を眺めながら、風が窓をたたくたびにおびえた。
 結局、厚い雨雲が風をさえぎってくれたおかげで史上最強の台風とはならず、窓も本も無事だった。2日間家にたてこもり、在庫の整理ができた。

 本は落としたり水がかかったりするとすぐにだめになる。いっさい触れずにいても経年劣化は避けられない。
 ヤケ、シミ、ヨレ、汚れ、折れ、破れ、線引き、書込み、蔵書印。本の状態を表す用語はたくさんあり、古本屋初心者はいつも迷う。これはシミなのか汚れなのか。破れと書いてみたけれど虫食いではないのか。においも表記すべきか。
 今この瞬間は美本でも、いつか注文が入ったときには日焼けして変色しているかもしれない。棚から出すとき背表紙を引っかけて破るかもしれない。悪くなることはあっても、よくなることはない。虫歯とおなじ。

「教えてほしいんだけど、この本、子どもに読ませても大丈夫かしら」
と、お客さまが自分の絵本を持ってきた。
「上のほうが黒くなっているでしょう。害はない?」
 確かにカビだったら少し気になる。でももはや何が浸みこんでいるかわからないし、なんともいえない。古本は気持ちが悪いという人がいるのは無理もない。

「本から虫が出てくるんだけど、本棚に殺虫剤まいたらいなくなるかな」
そんな相談も受けた。
「うーん、紙が傷みそうですね」
「じゃあどうすればいいの」
「虫干し、でしょうか」
 そんなの私もしたことがないけれど。

 お客さまの家に買取に行っても、棚の本がことごとく日焼けしていたり、衣装ケースから水に濡れて真っ黒になった本の山が出てきたり、いろいろ悲しいことがあった。状態がいい本を見ると
「大事にされていたんですね」
と思わず言ってしまうが、持ち主の心がけより部屋の環境が重要だと思う。好きで日焼けさせたりシミをつくったりするわけがない。

 1日だけ、図書館で本の補修のボランティアをしたことがあった。はがれた背表紙を貼りなおし、破れたページには薄い紙テープを貼る。司書の方にアドバイスをもらい、別の図書館で作られたマニュアルを見ながら手探りで作業した。
 ボランティアを始めた直後に会社を退職することを決めて忙しくなり、そのあとは行けなかった。古本屋にこそ必要な技術なのだから、ちゃんと続けて身につければよかった。

 同じ紙でも、お札は傷んでも価値は下がらない。新札に両替することさえできる。貯金して必要なぶんだけ引き出せる。古本は新刊には交換できない。場所もとる。
 本とお金を日々交換しながら、どちらが大事なんだろうと考える。お金に換えるために本を集めたのだけど、これが一瞬にして札束に変わったら、どうだろう。札束をまた同じ本に換えようと思ったら大変だ。
 
 9月なかば、次の日曜日に台風16号接近の知らせ。


※注:石川浩司さんはミュージシャン。バンド「たま」でランニングを着てパーカッション、ボーカルを担当していた。『ウヒョヒョヒョお悩み相談室』を2012年7月に刊行。




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