ビートン夫人の教え タイトル画像

ビートン夫人の教え

6 <前編>

 さて、いよいよ本題のお料理。
 本質的にこのビートン夫人の家政書は、料理本としての存在意義がもっとも重く、またそのことを夫人自身も、出版者である夫のサミュエルも自覚していたに相違ないので、なにやら力の入ってくる感じが見て取れる。
 まずは、“When things are in season”ということを夫人はかなり詳細に述べる。これは、敢て訳すならば「いつ何を市場で買えるか」というほどのことである。
 これをみると、ヴィクトリア王朝時代爛熟期のイギリスの食材のアウトラインを知ることができる。しかし、ここで留意しておくべきことは、この食材表は、中流以上の教養ある家庭の夫人向けに書かれたものであろうということで、実際に、労働者たちの食卓にまで、かように多彩な食材が供せられたとは、ちょっと考えにくい。
 むしろ、こういう食材表を掲げることによって、貧弱で単調な食材に甘んじていた人々に、より多くの肉や野菜を摂取すべきことを教育するという目的を感じることができるように思われる。
 ともあれ、まずはこれを一覧することにしよう。なかには今はもう使われなくなった語彙なども散見し、かなり多くの原注が付せられている。こういうものを、ただ名辞だけ見ても、実際にそれがどんな大きさでどんな姿で、どんな味であるかということは、なかなか分からないので、隔靴掻痒の感なしとしないが、日本では手に入らないものも少なくないので止むを得ない。
1月
◎魚:
バーベル(barbel、コイ科の淡水魚)、ブリル(brill、ひらめの一種)、鯉、鱈、蟹、ザリガニ、デース(dace、ウグイに近いコイ科の淡水魚)、鰻、フラウンダー(flounders、大型のヒラメ科の魚)、ハドック(haddocks、モンツキダラ)、鰊、八目鰻、ロブスター、ムラサキガイ、牡蛎、パーチ(perch、すずき科の淡水魚)、カワカマス(pike)、ツノガレイ(plaice)、テナガエビ(prawn)、小えび(shrimps)、ガンギエイ(skate)、スメルト(smelt、シシャモに似たキュウリウオ科の魚)、舌平目(sole)、スプラット(sprat、ニシン属科の小魚)、チョウザメ(sturgeon)、テンチ(tench、コイ科の魚)、サカタザメ(thornback、エイの一種)、ターボット(turbot、大型のヒラメ科の魚)、ホワイティング(whitings、キス科の魚)
◎肉:
ビーフ、ハウスラム(原注:真冬や悪天候の中では母親や子羊が危険にさらされる為、馬小屋や納屋のような屋根の下のワラが敷かれた中で牛乳なども少し与えて育てると、子羊が早く育つ;この様に育てられた子羊を、野原で草を食べながら育つ子羊と分けて呼んだ名)、マトン、ポーク、子牛、鹿
◎鳥(poultry):
去勢鳥(capons、肥育とり)、家禽(fowls、家鴨、鶏などの総称)、養殖ハト、若雌鳥(pullets、原注:若い家禽、特にめんどり、通常卵を産み始めたときから羽が初めて生えかわるまで)、ウサギ、七面鳥
◎猟肉(game):
ライチョウ、野兎、ヤマウズラ、キジ、タシギ(snipe、シギ類)、野生の鳥(wild-fowl、原注には「game birds」とあるので、その他各種の猟鳥とでもいうところか)、ヤマシギ
◎野菜:
ビートの根、ブロッコリ、キャベツ、ニンジン、セロリ、チャーヴィル(chervil、せり科)、クレソン、きゅうり(温室もの)、エンダイブ(endive、葉の縮れたチシャの一種)、レタス、パースニップ(白にんじんのように見える甘みのある根菜)、サヴォイ(原注:冬に屋外で育つ葉がしわ寄ったキャベツ)、ほうれん草、かぶ、各種のハーブ
◎果物:
りんご、ぶどう、セイヨウカリン(medlars、原注:小さく茶色い、りんごを彷彿とさせる果物で、熟れすぎてグズグズになってから食べる。その形から、一般に「open arse fruit−尻開き果物−」などという低俗な名前で知られている) 各種の木の実、オレンジ、梨、くるみ、果物の砂糖漬け(外国産)、アーモンド、レーズンなどの干した果物、フランスとスペインのプラム、プルーン、イチジク、なつめ
2月
◎魚:
バーベル、ブリル、鯉、鱈、も買えるが1月ほどには美味でない。蟹、ザリガニ、デース、鰻、フラウンダー、ハドック、ニシン、ヤツメウナギ、ロブスター、ムラサキガイ、牡蛎、パーチ、カワカマス、ツノガレイ、テナガエビ、小エビ、ガンギエイ、スメルト、舌平目、スプラット、チョウザメ、テンチ、サカタザメ、ターボット、ホワイティング
◎肉:
ビーフ、ハウスラム、マトン、ポーク、子牛
◎鳥:
去勢鳥、チキン、子鴨、養殖及び野生の鳩、卵を持った若雌鳥(pullets with eggs)、七面鳥、そして時期には少し早いが野生の鶏
◎猟肉:
雷鳥、野兎、ヤマウズラ、キジ、タシギ、ヤマシギ
◎野菜:
ビートの根、ブロッコリ(紫のと白の)、芽キャベツ、キャベツ、ニンジン、セロリ、チャーヴィル、クレソン、きゅうり(温室もの)、エンダイブ、キドニービーンズ(大納言小豆に似た赤い豆)、レタス、パースニップ、じゃがいも、サボイ、ほうれん草、かぶ、各種のハーブ
◎果物:
りんご(ゴールデンおよびオランダ・ピピン種)、ぶどう、セイヨウカリン、各種の木の実、オレンジ、梨(Bon Chretien)、くるみ、アーモンド、レーズンなどの干した果物、フランスとスペインのプラム、プルーン、イチジク、なつめ、果物の砂糖漬け
3月
◎魚:
バーベル、ブリル、鯉、蟹、ザリガニ、デース、鰻、フラウンダー、ハドック、鰊、八目鰻、ロブスター、ムラサキガイ、牡蛎、パーチ、カワカマス、ツノガレイ、テナガエビ、小エビ、ガンギエイ、スメルト、舌平目、スプラット、チョウザメ、テンチ、サカタザメ、ターボット、ホワイティング
◎肉:
ビーフ、ハウスラム、マトン、ポーク、子牛
◎鳥:
去勢鳥、チキン、子鴨、飼育及び野生の鳩、卵を持った若雌鳥、七面鳥、そして時期には少し早いが野生の鶏
◎猟肉:
雷鳥、野兎、ヤマウズラ、キジ、タシギ、ヤマシギ
◎野菜:
ビートの根、ブロッコリ(紫のと白の)、芽キャベツ、キャベツ、ニンジン、セロリ、チャービル、クレソン、きゅうり(温室もの)、エンダイブ、キドニービーンズ、レタス、パースニップ、じゃがいも、サボイ、ハマナ(sea kale、原注:海岸で育つ多年草のハーブでその芽を野菜として食べる)、ほうれん草、かぶ、各種のハーブ
◎果物:
りんご(ゴールデンおよびオランダ・ピピン種)、ぶどう、セイヨウカリン、ナッツ類、オレンジ、梨(Bon Chretien)、くるみ、アーモンド、レーズンなどの干した果物(外国産)、フランスとスペインのプラム、プルーン、イチジク、なつめ、果物の砂糖漬け
4月
◎魚:
ブリル、鯉、ザルガイ(cockles)、蟹、ニシマトウダイ(dory)、フラウンダー、リング(ling、タラ科の大型海水魚)、ロブスター、赤・グレーのボラ(mullet)、ムラサキガイ、牡蛎、パーチ、テナガエビ、鮭(数が少なく高いが)、シャッド(shad、ニシン科の魚)、小エビ、ガンギエイ、スメルト、舌平目、テンチ、ターボット、ホワイティング
◎肉:
ビーフ、ラム、マトン、子牛
◎鳥:
チキン、子鴨、家禽、若い野兎、鳩、若雌鳥、兎
◎猟肉:
野兎
◎野菜:
ブロッコリ、セロリ、レタス、若いたまねぎ、パースニップ、ラディッシュ、スモールサラダ(レタスの一種)、ハマナ、ほうれん草、芽キャベツ、各種のハーブ
◎果物:
りんご、ナッツ類、梨、温室栽培のさくらんぼ、(タルト用に)ルーバーブ(ダイオウの茎、砂糖を入れて煮ると爽やかな酸味があって果物のように扱う)、乾燥した果物、果物の砂糖漬け
5月
◎魚:
鯉、チャブ(chub、ウグイの一種)、蟹、ザリガニ、ニシマトウダイ、ニシン、鯖、赤・グレーのボラ、テナガエビ、鮭、シャッド、スメルト、舌平目、鱒、ターボット
◎肉:
ビーフ、ラム、マトン、子牛
◎鳥:
チキン、子鴨、家禽、子ガチョウ(green geese、原注:ガチョウは4ヶ月まではgreenと呼ばれ、殺してはいけないことになっている)、若い野兎、若雌鳥、兎
◎猟肉:
野兎
◎野菜:
アスパラガス、インゲン、早生のキャベツ、にんじん、カリフラワー、クレソン、きゅうり、レタス、ピース(pease、原注:グリーンピースのこと、昔のスペリングがピースプディングなどにいまだ残っている)、早生のジャガイモ、サラダ(レタスの一種)、ハマナ、各種のハーブ
◎果物:
りんご、青杏、さくらんぼ、タルト用スグリ、グーズベリー、メロン、梨、ルーバーブ、いちご
6月
◎魚:
鯉、ザリガニ、鰊、ロブスター、鯖、ボラ、河鱒、テナガエビ、鮭、舌平目、鱒、ターボット
◎肉:
ビーフ、ラム、マトン、子牛、牡鹿
◎鳥:
チキン、子鴨、家禽、子ガチョウ、若い野うさぎ、千鳥(plovers、原注:中くらいの大きさの水辺に住むとりで、猟で撃ち取る)、若雌鳥、兎、七面鳥の雛(turkey poults、原注:poultは若い鳥を言うときに使われる)、サバクヒタギ(wheatears、原注:お腹とお尻が白い小さい鳥)
◎野菜:
アーティチョーク、アスパラガス、インゲン、キャベツ、にんじん、きゅうり、レタス、玉ねぎ、パースニップ、グリーンピース、ジャガイモ、ラディッシュ、スモールサラダ、ハマナ、ほうれん草、各種のハーブ
◎果物:
杏、さくらんぼ、スグリ、グーズベリー、メロン、ネクタリン、もも、梨、パイナップル、ラズベリー、ルーバーブ、いちご
7月
◎魚:
鯉、ザリガニ、ニシマトウダイ、フラウンダー、ハドック、ニシン、ロブスター、鯖、ぼら、河鱒、ツノガレイ、テナガエビ、鮭、小エビ、舌平目、チョウザメ、テンチ、サカタザメ
◎肉:
ビーフ、ラム、マトン、子牛、牡鹿
◎鳥:
チキン、子鴨、家禽、子ガチョウ、若い野兎、千鳥、若雌鳥、兎、七面鳥の雛、サバクヒタギ、野鴨(wild ducks、またflappersとも呼ばれる)
◎野菜:
アーティチョーク、アスパラガス、インゲン、キャベツ、にんじん、カリフラワー、セロリ、クレソン、エンダイブ、レタス、マッシュルーム、玉ねぎ、グリーンピース、ラディッシュ、スモールサラダ、ハマナ、芽キャベツ、かぶ、ペポカボチャ(marrow、訳注、ヘチマのような形で外皮は黄色く中は白くてふわふわの野菜)、ほうれん草、各種のハーブ
◎果物:
杏、さくらんぼ、スグリ、イチジク、グーズベリー、メロン、ネクタリン、梨、パイナップル、プラム、ラズベリー、いちご、最盛期の胡桃(原注:乾いていない未だ青いくるみ)とピクルスにした胡桃。
8月
◎魚:
ブリル、鯉、チャブ、ザリガニ、蟹、ニシマトウダイ、鰻、フラウンダー、子鰻(grigs)、鰊、ロブスター、ボラ、河鱒、テナガエビ、鮭、小エビ、ガンギエイ、舌平目、チョウザメ、サカタザメ、鱒、ターボット
◎肉:
ビーフ、ラム、マトン、子牛、牡鹿
◎鳥:
チキン、子がも、家禽、子ガチョウ、鳩、千鳥、若雌鳥、兎、七面鳥の雛、サバクヒタギ、野鴨
◎猟肉:
若い野兎、雷鳥、ブラックコック(blackcock、原注:黒雷鳥のオス)
◎野菜:
アーティチョーク、アスパラガス、インゲン、にんじん、きゃべつ、カリフラワー、セロリ、クレス、エンダイブ、レタス、マッシュルーム、玉ねぎ、グリーンピース、ジャガイモ、ラディッシュ、ハマナ、サラディング(salading 原注:サラダ用のハーブや野菜類、レタス、カラシナ、クレソン、エンダイブなどを含む)の若芽、芽キャベツ、かぶ、ハーブ類、ペポカボチャ
◎果物:
スグリ、イチジク、フィルバート(filberts、原注:栽培されたヘーゼルナッツ)、グーズベリー、ぶどう、メロン、桑の実、ネクタリン、桃、梨、パイナップル、プラム、ラズベリー、胡桃

(後編へつづく)

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.