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山下センセイのワインで世界一周!

第6回 そのワインのブドウ品種はなんですか?

 前回、マクドナルド化のお話をいたしました。今回は、そのつづきに入るべきところなのですが、なんだかリクツっぽい話が続いているので、今回はちょっと気分転換で、別の話題をはさみます。まずは今回のワインから。フランスは、ローヌ地方の作り手、ドメーヌ・グラムノン(Domaine Gramenon)のシエラ・デュ・スュッド(Sierra du Sud)です。
 フランス・ワインというと、ボルドー地方やブルゴーニュ地方の銘醸地の威光があまりにも強く、他の地方の存在感がいささか過小評価されがち。特に、ローヌ地方は、プロヴァンスやラングドックといった地域と一緒に「南仏」というカテゴリーに括られてしまい、ごく一部の超高級品を除くと、庶民派の方がイメージの強い産地です。しかし歴史の古いこのローヌ地方には、地に足のついた良質なワインをつくる生産者も決して少なくありません。逆に言えば、ブランドに支払うプレミアムが少ない分、価格以上に楽しめるアイテムをみつけやすいのが、ローヌのワインなのです。
 今回ご紹介するドメーヌ・グラムノンは、先ほど申し上げたローヌの「ごく一部の超高級品」をつくるワイナリーであるギガル社で長らく醸造長を務めていたフィリップ・ローラン氏が1979年に設立したワイナリーです。設立後もしばらくは、ギガル社にワインを卸して生計をたてていたそうですが、1990年代から自社ラベルのワインをリリースしはじめ、いまや知る人ぞ知るワイナリーとなりました。
 お詳しい方なら、「グラムノンを紹介するなら、どうしてシエラ・デュ・スュッドじゃなくて、パスカルを取り上げないのか」といぶかる向きもあるかもしれません。たしかに、パスカルこそは、グラムノンのフラッグシップです。樹齢50年以上のグルナッシュ種のブドウだけからつくるパスカルは、この品種独特のほっこりとした甘さがピュアに、かつ凝縮されたかたちで味わえる逸品ですが、個人的な好みで恐縮ながら、私はシラー種のブドウが大好きなもので、今回は、シラー種100%で醸されたシエラ・デュ・スュッドのご紹介です。
 「ちょ、ちょっとまってください。さっきからグルナッシュだのシラーだの当たり前みたいに品種名トークに入ってますが、たとえば酒屋さんに入ってですよ。どうしてその『パスカル』ってのがグルナッシュでできていて、シエラなんとかがシラーでできてるってのがわかるんですか?」
 む。これは痛いところを。そうなんですよね。実は、わかりません。フランスのワイン法は、原則としてワインをそれがつくられた土地で格付けるシステムをとっています。したがってラベル表記の中心は原産地名です。長い歴史のなかで、それぞれの土地には、その土地の風土をもっともよく表現するワインのスタイル(どういったブドウ品種を用い、どういった醸造法をとるかといった)がすでに確立されており、したがって原産地名表記が精確であれば、それがどのような味わいのワインかは十分にわかるという建前なのです。かくして、フランスのワイン(原産地の特定がある水準以上のもの)は、一部の例外(たとえばドイツワインの影響のあるアルザス地方のワイン)を除くと、ラベルに品種名の表記はありません。今回のグラムノンのケースで言えば、パスカルもシエラ・デュ・スュッドもラベル表記の中心は「コート・デュ・ローヌ」という原産地名です。ある程度ワインに親しめば、この表記だけで、使われているブドウ品種が、シラーかグルナッシュか、カリニャンかムールヴェードルか、ひょっとしたらルーサンヌやマルサンヌ、いやいやヴィオニエが混じってるかも・・・といったような見当は、ある程度つけられます。しかしそれらのうちのどれが実際に使われているか、ましてやどれくらいの比率でブレンドされているか(それとも単一品種でつくられているのか)は、酒屋の店員に尋ねなければわかりません(尋ねてもわからないこともありますが)。
 これはごく普通の消費者にとっては(実はかなりの愛好家にとっても)、ずいぶんとハードルの高い話です。同じ「コート・デュ・ローヌ」のワインでも、シラー100%で作ったワインと、グルナッシュ100%で作ったワインでは、かなり味わいは違います。他方、シラー100%でつくったワインなら、ローヌでつくってもオーストラリアでつくっても、ある程度の共通性を期待することができます。そしてなによりブドウ品種ならば、主要な数種、せいぜい十数種が頭に入って入れば、さしあたり自分の好みのワインが選べるのに対して、ラベルに表記を許される法的に管理された生産地名は、文字通り桁違いに数が多く、とてもいちいち覚えてはいられません。

撮影:山下範久
今回はラベルのアップで。
たしかにシラー(Syrah)というは表記はありませんね。

 近年、フランスのワインは、特に国際市場で(実はフランス国内市場でもなのですが)、いわゆる「新世界」のワインに押されています。原因はいろいろ挙げられているのですが、そのなかでよく指摘されるのは、品種名を前面に押し出す新世界のラベル表記なのです。スーパーに行ってワインをご覧になれば一目瞭然ですが、チリワインやオーストラリアワインには、「Cabernet Sauvignon」(カベルネ・ソーヴィニヨン)とか「Semillon」(セミヨン)といった表記が、わかりやすく表示されており、ほんの少しの予備知識で、「ああ、カベルネなら、濃くて重めのカシスやチョコレートの香りがする赤ワインだな」とか、「ああセミヨンなら、甘い香りがして、すこしオイリーな感じの白ワインだな」と見当がつきます。しかし、フランス・ワインのコーナーに行くと、たとえば「St. Julien」と「Julienas」がある。どちらも地名です。似てるから同じか、近所なのかと思ったら大間違いで、サンジュリアンはボルドー地域内の地名、ジュリエナスはブルゴーニュの南のボージョレ地域内の地名のワインです。サンジュリアンは重厚で杉の香りが特徴的な赤ワインですが、ジュリエナスはイチゴやラズベリーの香りがチャーミングな軽めの赤ワインです。そしてほかにも何百という細かい地名の規定があるわけですから、「ときたま飲む程度」の一般の消費者にとってのハードルは高いと言わざるをえません。
 フランス側にも言い分はあります。だいたい、ほんの20 〜 30年ほど前までは、ワインの飲み手の側も、それほど品種など気にしないで飲んでいました。ワイン自体の流通も今ほどグローバルではなく、多くの一般消費者は、それぞれの地域で手に入るそれほど多くはない選択肢のなかから、品種がどうだのといったことなど特に気にもせず、自分の好みに合うものを選ぶことで満足していました。そもそも品種名を表示した新世界ワインなるものがグローバルに流通しはじめたのも、ほんのここ20 〜 30年ほどの話なのです。
 余談ですが、先日知り合いのベテランワイン商の方とお話しておりましたとき、「最近はワイン会などの集まりに行くと、別に仕事でワインを飲んでいるわけでもないような人が、しかめっ面をしてワインを口に含み、『これはカベルネ主体で、うーん、メルローとたぶんカベルネ・フランも混醸されてそうだね』などと言い合っているのをよく見かけるが、ああいうのを見ると『あなたはワインが飲みたいのか、品種当てゲームしたいのか、どっちなんだ』と問い詰めたくなる」とおっしゃっておられました。
 しかしグローバル化は、まさにゲームのルールを変えました。品種を前面に出したワインは、一方で歴史が浅く、産地名とワインの性格とのあいだに確立された関係がない新世界へのワイン生産の拡大と、他方でそれまでワインに親しまなかったひとびとへのワイン消費の拡大という、生産と消費の両面でのグローバル化の結び目の位置にあります。フランスのワイン業界も、変化には対応していかざるをえません。EUでは、品種名を前面にだした「わかりやすい」ラベル表示へ向けた規制緩和が掲げられ、フランスも、その方向で少しずつですが動き始めています。
 もっとも現状では、フランスの高級ワインには、品種名は原則として表示されません。シラー種のブドウ100%でつくられたシエラ・デュ・スュッドは、コート・デュ・ローヌの地名で売るというよりは、国際的に人気のあるシラー種のブドウ単一で醸造されたワインとして売りたいところだったかもしれませんが、「コート・デュ・ローヌ」のワインであるかぎり「シラー」の表記はできません。そこでついた名前が「シエラ・デュ・スュッド」。直訳すれば、「南の山」という意味ですが、シエラ、シエラ、シェラ・・・シェラー・・・シラーと、耳でなんとなく聞くと「南のシラー」というふうにも聞こえなくもありません。そうなんです。実はこのシエラ・デュ・スュッド、オーナー苦肉のダジャレ・ネーミングなのでした。
 「ここまで、ひっぱっておいてダジャレ落ちかよ!」。お怒りはごもっとも。でも、このシエラ・デュ・スュッド、本当においしいんですよ。シラー種のワインは、カシスやブルーベリーの濃い果実味をベースに、コショウやリコリス(甘草)、アニスといったスパイスの香りが特徴的です。暑い気候でよく育つため、平凡なつくりだと、すこし粗さが目立つのですが、グラムノンは、果実本来の良質な酸味をキレイに活かし、ピュアな印象のワインにしあげています。ひんやりとした果実味、すこし甘さを感じさせるスパイスの香り。するするとした飲み心地で、飲み疲れしません。ラム肉のトマト煮込みのような料理に合わせるのがセオリーでしょうが、これからの季節なら、バーベキューや焼き肉と一緒に楽しむのもオツだと思います。パーティにご持参の際には、是非、ダジャレのご披露も込みで(笑)。

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