おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第111回 『3D彼女』那波マオ(講談社)

『3D彼女』那波マオ(講談社)(c)那波マオ/講談社

 先日、尊敬する女性から思いがけなくとても素敵なメールをいただいた。短い文章の中に率直な好意を示して頂いた内容で、大変に感激し思わず泣きそうになった。それだけなら光栄かつ嬉しい「いいお話」である。が、実はそのメールを受け取った際、私はなんとほとんど反射的に、迷惑メールとして削除しそうになっていたのだ。  もちろん差出人を見てすぐに知っている方からだと気付いてその事故は事前に防がれたのだが、ぱっと見て「熱量のある好意的な文章のメールが来たら、それは迷惑メール」と瞬時に判断するように自分の脳にすり込まれていることに愕然とした。つまり私は「自分宛に好意のメールが来るわけないし」と無意識に訓練されるような日々を送っているのか、と改めて自覚し、最初とは違う意味でまた泣きそうになったのであった。


『3D彼女』(と書いて「リアルガール」と読む)は、「つっつん」こと筒井光という高校生男子が主人公。アニメやゲーム好きなオタク男子の筒井はある日、すごい美少女の色葉(いろは)とプール掃除をするはめになる。男癖が悪いと評判の色葉だが、あることをきっかけに二人は急接近し、なんとつきあうことになる。だが二次元の女子にしかなじみのない筒井は大いに戸惑いまくり、ぎこちない二人の仲は前途多難なのだった……!


 筒井はオタクとして長年周囲から嘲笑や罵倒を受け続けたせいもあり、唯一の友人・伊東を除いては、心を閉ざすことでやりすごしてきた男子だ。自分を見下してきた「リア充」たちに屈折した思いを抱いていて、リア充そのものに見える色葉にも最初は反発する。だが実は彼女は評判とは違い、筒井たちの趣味に先入観や偏見もなく、心優しく正義感も強い女子だったのだ。異性から好かれたことのない筒井は色葉を警戒しまくるが、彼女のことを知るうちに色葉に惹かれていく。が、人付き合いの経験値が低い筒井の好意の示し方は、不器用そのもの。「俺が人に好かれるわけがねー」という思いこみが抜けず、色葉からの好意もなかなか素直に受け取れず、「つっつんのその卑屈なところ たまにどーかと思う」と色葉を怒らせてしまったりするのだ。


 高校生の不器用な恋愛を描いた本作。年齢的には、本来なら筒井より、むしろ筒井の母に感情移入して読んでもよさそうな読者の私(40代!)である。

 ……が、我ながらどうかと思うくらい、筒井や親友・伊東に「わかる…!」と共感しながら読んでしまった。それはざっくり言って、筒井たちの屈折を重ねた「こじらせてる」感じに、自分では普通のつもりなのに「なんでそれが好きなの?」「なんでそんなにたくさんのマンガを読むの?」などと尋ねられがちな自分を重ねて、強くシンクロしてしまうからだと思う。

「こじらせたオタク」のさまざまな問題の根本には自己評価の低さがあるのだが、本作ではその描写がまたいちいちリアルなのだ。ひょんなことから仲良くなるリア充女子の誘いでキャンプに行くときの「楽しめないのでは」というためらい、準備にとんちんかんな方向で力が入りすぎてしまう感じ、そしてリア充の象徴・バーベキューを楽しんでる自分に感極まって泣きそうになる描写など、完全に「あなたは私ですか」状態であった(そんな彼らの様子にドン引きするリア充サイドの人たちの様子もおかしい)。「いいメールをもらうと反射的に迷惑メールと思ってしまうわたくしの心」の「こじらせ感」が、置かれた状況や年齢の違いを超えて、本作の筒井たちに思い切りシンクロしてしまったのだ(まあ一方で、息子の愛する(オタク)文化を共有してない筒井の母の、息子を心配する気持ちも少しわかる。でも古株オタクとしては、「お母さん、大丈夫!息子さんガンバってますよ!」と声をかけたいところである)。


 自室に色葉が遊びに来て眠ってしまったとき、筒井が思わず無音カメラを起動して寝姿を撮影しようとしてはっと我に返る……という描写がある。二次元に耽溺してきた、ということは、言い換えれば、いつも(ある意味で無責任な)観客、匿名の視線そのものだった、ということを端的に示しているシーンだ。結局筒井は寝ている色葉に上着をかけてあげるのだが、こういう「等身大の成長」、そして「筒井の不器用な優しさ」の描写もうまいな、と思う。


 作中では、彼女である色葉以外からはキモい、キモいと言われ続ける筒井。思うに、「キモい(気持ち悪い)」ほど残酷な罵倒の言葉はそうないだろう。何故ならちょっとやそっとではひっくり返せない、理屈ではない人の生理に深く根ざした拒否・拒絶の言葉だからだ。が、そんな言葉を投げつけられ続け自分でもそうだと自覚しつつ、生まれたての子鹿のごときヨロヨロっぷりながらも要所要所では勇気をふりしぼって、色葉をはじめとする女子を助けるのが、筒井の少女マンガのヒーロー男子たる部分だ。

 つきあってた・つきあってない、と揉めて男子に殴られた色葉を助けようと割って入った筒井は、「そいつ空手部…」「ムリだよ」と言う色葉に、「当たり前だろ 俺がケンカで勝つわけないだろ!!」「早く逃げろよ」と、世にも情けない言葉を堂々と言い放つ。そして案の定ボコボコに殴られてしまうのだ。

 色葉が万引きの疑いをかけられ潔白を証明しようとしたときは「ずっとこいつのことつけてたから…!!」とストーカーのごとき発言で周囲をひかせるし、メイド喫茶のビラ配りのバイトをしている後輩女子がからまれたときも「メイド喫茶の客の心得」を早口でまくし立てて、からんでいた男子の戦意を喪失させる。

「女子を助ける」というすごくかっこいい行為と、その中身・手段の情けなさのギャップ、そしてそのブレンド具合。これがなんともいえない筒井独自の「キモかっこよさ」なのだ。そんな筒井を評して6巻のオビに書かれたコピーは「少女マンガ界最弱男子の純愛ラブストーリー!」。……たしかに腕っ節は「最弱」かもしれないが、いろんなメンドくさい屈託を抱えながら、それでも彼なりに奮闘している姿は、読んでいて思わず応援したくなるのだ。


 そんな筒井が、変則的ながらも少女マンガの「王子さま」として成立するのは、作者の魅力ある絵柄も大きい。ぼさぼさの前髪と眼鏡も、わかりやすい「心の壁」の記号だし、「見方によってはカッコよく見えなくもない」という絶妙のラインの男子像だと思う。さらに、ヒロイン・色葉の絵的なかわいらしさも見事で、肉感的な部分もありつつすらりとしてチャーミング、かつちょっとミステリアスでもある女子の造形として「ぐっとくるかわいさ」があるのだ。筒井視点で見ると「俺のことをわかってくれる夢のような女子」である色葉は、描きようによっては読者の女子に嫌われかねない危うさもあると思うのだが、やきもちをやいたり実は弱点もあったりと、女子読者にも「かわいいな」とちゃんと思える描かれ方になっているのもすごい。


 タイトルの「3D彼女(リアルガール)」である色葉は、一見リア充そのものだが、誤解されると相手に正面から反発しすぎて波風をたててしまったり、女子には好かれないので女友達がいなかったりと、筒井と同じように実はコミュニケーションには不器用なところがあることが話が進むにつれわかってくる。世間でコミュニケーション能力が重要視されるようになって久しいが、女版の筒井のような後輩のオタク女子・綾戸さんも含め、本作は「コミュニケーションに不器用な人たちの奮闘記」でもあるのだ。

 緻密につくられた異世界での大冒険の話もいいけれど、私はこういう「私たちが生きているこの世界のルールのなかで頑張り、成長していく」人たちの話っていいなあ、面白いなあ、と思う。人づきあい初心者・筒井は、いちいち律儀にいろんな失敗をやらかすけれど、それは「そのトシ(10代)でやっておいたほうがいい失敗」でもあるのだ。そして、形をかえて大人もやる失敗だったりもするのが人生の哀しくも面白い部分なのである。


 ところで3巻収録の番外編で、筒井のオタク仲間にして親友・伊東がこんな名言を口にする。


 「あのね ガマンしてるときに『ガマンしてるだろ』って 言われても素直になれないんだ」


 ああ…うん……本当に…そうだよね…。

 私も「自分に好意的なメールはほぼ迷惑メール」と反射的に判断するような日々を送っているからといって別に寂しいわけではないし、自宅にひきこもって毎日たくさんマンガを集中して読めてとても幸せです。棒読みで言ってるように見えても本心からの言葉だし、強がってなどいないので間違っても同情などしないでいただきたい。ましてや「あなたのその卑屈な精神が問題では?」などと本質をつく指摘などされると心が音を立ててぼっきり折れる可能性があるので、くれぐれもやめて欲しいとお願いしておきたい。傷の治りが遅い中年以降での(心の)大ケガは、ときに致命的なのだ。本作の筒井たちのような「成長」にストレートに結びつきやすい、傷も大きいけれど治りの早い10代での失敗をおすすめするゆえんなのである。



(2014年2月5日更新)





(川原和子)  

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.