おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第110回 『高台家の人々』森本梢子(集英社)

『高台家の人々』森本梢子(集英社)(c)森本梢子/集英社 既刊1巻

 かつて私は、「妄想」について、こんなことを書いたことがある。


「紙もペンもパソコンも要らない。「妄想という名のプチ創作」は、いわば究極の、万人に開かれた創作なのかもしれない。」
(「やおい心をくすぐるもの 妄想という名のプチ創作」『ユリイカ6月臨時増刊号 腐女子マンガ体系』所収、青土社、2007年)


 確かに言うまでもなく、頭の中で何かを妄想することは、道具も電源も不要のまったくもってお手軽で自由な創作行為だ。問題があるとすれば、それが表現されない限り、他者と共有できないということだ。本作には、そんな頭の中での「プチ創作」が得意な人物が登場する。


 平野木絵は28歳の地味なOL。木絵にはかなり豊かな空想癖があるのだが、口ベタなためにそれを知る人はいない。そんな彼女の前に、ニューヨーク支社から転勤してきた27歳のイケメン社員・高台光正(こうだいみつまさ)が現れる。長身で家柄・学歴ともに完璧、おまけに祖母がイギリス人で青い瞳をもつ「王子様」のような彼に社内の女性たちは色めき立つ。だが、なぜか彼は目立たない木絵を食事に誘い、一見して不釣り合いな2人のつきあいに木絵自身も含めた誰もが驚くことになる。


 木絵の妄想癖は、物語から抜け出してきたような光正を目にすることでがぜん活気づく。彼女の脳内では、光正は王位を狙われる王子となったりして、ドラマチックかつちょっとおマヌケな空想が展開するのだが、なぜか光正は木絵が妄想するたびに吹き出したりと、まるで彼女の考えていることがわかるかのような反応をする。そう、実は彼には人の心の中を読める特殊な能力があり、木絵の奇想天外な妄想は、意外にも彼を楽しませ、和ませていたのだった…!


 本作は、構造としてはまさに「王子様(的存在の男子)に平凡な娘が見いだされ、『そのままの君が好きだよ』と言ってもらえる」という古典中の古典的な少女マンガのラブストーリーだ。ただ、こういう話のセオリーとしては、一見凡庸な娘のすぐれた内面、つまり並外れた優しさや心の美しさ、あるいは苦しい境遇に耐えるけなげさなどが王子に「愛される理由」になるものだが、本作ではそれが「面白い妄想」である、というのがユニークだ。

 笑い上戸の王子様・光正は、木絵のすっとんきょうでしょうもない妄想が気に入り、そんな内面をもつ彼女のことを好きになる。「そんな理由で?」とも思えるけれど、これまで人からうらやまれてきたに違いないすべてを兼ね備えた光正は、人の心がわかってしまう能力のせいで(作中でははっきりとは描かれないものの)他人のドロドロした憎しみや嫉妬もたくさん見てきたことだろう。だからこそ、自分を見てのんきな想像にはしる木絵の妄想自体と、それを産み出す彼女の人柄を好きになったのだろう。ちょっと変則的ではあるが本作もまさしく、ヒロインの地味な外見に惑わされることなく「内面を好きになってくれた」王子様とのラブストーリーなのだ。


 さらに光正には、妹・茂子と弟・和正という家族がいる。どちらも超美形で黒髪に碧眼。そして二人もまた人の心を読めるため、クリスマスに光正が家につれてきた木絵の心の中で展開するバカバカしい妄想を読んでしまい、思わずウケてしまったりもする。ぼんやりした木絵もさすがにうすうす高台家の3人の能力に気付くのだが、光正に「ごめんね」「変人だから気にしないで」と言われると素直に「じゃあ…気にしないことにしよう」と納得して、深く悩んだり追求したりもせず光正と一緒にいるのだった。


 人の心の中が見える高台家の人々の不幸は、おそらく「知りたくないことまで、わかりすぎてしまう」ことだろう。見目麗しく優秀な高台家の三兄妹も、人づきあいに対しては自己防衛する気持ちが働くのか、光正は慎重、茂子は臆病で和正はイジワル……という傾向をもっている。だが、ぼんやりしつつも本質を突くところもある木絵の妄想は、ときに素直になれない茂子の気晴らしになり、ときに寓話として意図せざるアドバイスとなって、茂子や、なんとクールな和正までにも、恋に踏み出す後押しをすることになるのだ。

 勉強や仕事の邪魔にこそなれ何の役にも立ってこなかった木絵の無駄に豊かな妄想力は、人の考えが読める高台家の人々だけにしかわかってもらえない。まさにピンポイントな能力だが、同時に高台家の人々だけには、とてもよい方向に作用するのだ。

 一見冴えない人の無駄としか思えない能力が、ものすごく優れている人がどうすることもできない問題にとって、かけがえのない力を発揮する。本作は、そんなお話としても読める。社会に役に立つ能力をもつことや欠点を克服しようと頑張ることも大事でステキなことだけど、そればかりでは疲れてしまう。考えを読まれているとなんとなく気づきながらも光正たちを拒まない木絵は、なんというか相当にいい意味でのおおらかさ、いわば「ぼんやり力」のある人だ。たしかにちょっとよさがわかりにくいけれど、人をほっとさせ、その攻撃性のなさゆえにときに人を内省させることもできる存在として描かれているのだ。

「人の心が読める華麗なる一族」という設定はファンタジックだけれど、たとえば現実にも、ものすごく頭がきれる人がまったくタイプの違うぼんやりタイプの人と妙にうまがあって、お互いに大きな力を発揮しあえたりすることもあるものだ。本作は、人間関係の機微というか、その本質に関しての寓話になっているのかもしれない。


 作者は「ごくせん」や「デカワンコ」などドラマ化や映画化されたヒット作を複数もつ森本梢子。貫禄ありまくりの高台家の飼い猫・ブリティッシュショートヘアーのヨシマサや、木絵の空想の中のうさぎなど、「かわいくないけどかわいい」動物たちの妙な味もくせになる。安定した作画とわかりやすい構成で読みやすく、マンガを読み慣れてない人にも安心して薦められる、くすっと笑えてほんわかした気分になれる、本作はそんな作品なのだ。


(2014年1月6日更新)





(川原和子)  

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.