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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第100回 『キミが好きとかありえない』あおいみつ(講談社)

あおいみつ(講談社)(c)あおいみつ/講談社

 現実には驚くほど少ないのに、フィクションのなかではしばしば登場してくるのが「男性の少女マンガ家」である。たとえば「オトメン(乙男)」の橘充太や「月刊少女野崎くん」の野崎もそうだし、ドラマ版「ヤスコとケンジ」では元暴走族の兄ケンジが少女マンガ家、という設定になっていた。現実に少ないからこそ、「一見そうは見えない人の、実は意外な面」として「男子が少女マンガ家」というのはインパクトが強く、そのせいでフィクションによく登場するのだろう。本作にもそんな男子が登場するのだが、彼にはさらにちょっとユニークな特徴があって…!?

 高校一年生の小町かなでは、男の子としゃべれないくらい奥手な一方で、大好きな少女マンガ「はちみつベイベ」みたいな恋に憧れている女の子。そんなかなでは、転校してきたイケメンでスポーツ万能の男子・宮原日向を好きになってしまう。皆の憧れの宮原と意外にも両思いになるかなでだが、実は彼は現役高校生にして「はちみつベイベ」の作者・夏果ゆうひだった。そしてもう一つ、彼には大きな問題があった。愛情表現があまりにも独特で暴走気味すぎるのだ。好きになった相手を尾行するのはあたりまえ。制服の内側に盗撮しまくったかなでの写真を多数貼り付けて「大好きだよ かなたん」と迫ってくる宮原に、かなでは「好きな人が変態でした」と大困惑。万能のイケメンとしてモテモテだったのに、周囲も宮原の中身の「残念」ぶりが判明したとたん、波のようにひいてしまうのだった…。

 少女マンガヒロインの恋の相手役・いわゆる「王子様」の像も年々変化してきて、王子様というよりはむしろ等身大になってきているとはいえ、この設定はかなり思い切ったふり切れ具合だ。しかもこの作品、掲載誌が幼年少女マンガ誌の『なかよし』。近年『なかよし』はかなり大胆にリニューアルして多様な作品を掲載するようになっているとはいえ、本作の「王子様像」には長年少女マンガを読んできた私も意表を突かれた。

 だが、表面的な思い切ったふり切れ方に幻惑されてしまうが、よくよく見れば本作の物語の骨組みはあくまで王道の少女マンガ。人前では「かなたん かなたん」とキスせんばかりに迫ってくるくせに、二人になると手も握らない宮原は、実はかなり照れ屋で、照れ隠しに珍妙な行動をとっていたことが物語が進むにつれわかってくる。そう、つまりその表現方法がつきぬけてユニークなだけで、「好きな相手が思っていたのと違う」「なかなか相手の本心がわからない」という、恋愛ものにつきものの正統派のドラマなのだ。

 ちなみに、これが「少女マンガのヒーローが、実は残念なイケメンだったら?」という設定に挑んだ確信犯の作品であることは、オビを見ればわかる。そこには「少女まんがの掟」が5つ書かれていて、たしかに宮原は少女マンガのヒーローとしてこの掟をすべてクリアしているのだ(イケメンで恋愛至上主義、ピュアでどこにいてもヒロインを見つけてくれ、そしてヒロイン一筋!)。にもかかわらず、読んでいると感じる「(ヒーローとして)コレはないわー」感はすごい。でもギリギリのラインで「…う〜ん……まあかなり変化球だけど、いい話なのかも」と思わせてくれるさじ加減も、絶妙なのだ。

 さらに本作のユニークなところは、物語冒頭で、かなでの友人の女子高校生たちが、かなでの愛読書で実は宮原が描いている少女マンガ「はちみつベイベ」のことを、かなり辛辣に批判しているところだ。「売れてないでしょコレ」「だぁってソレ リアル感ゼロだもん」「まだ恋したことがないヤツがかきました感バリバリ!」と非常に手厳しい批評で、これはある意味「少女マンガの作中で、少女マンガというジャンル(の一面)を批評している」という構造にも見える。さらにうがって考えると「リアル感のない少女マンガを愛読する読者の揶揄」とも読めてしまう、けっこう挑戦的で危うい指摘だ。

 だが、つきあっているといいつつかなりちぐはぐな面が多いかなでと宮原が、かなでが宮原の描いた「はちみつベイベ」大好き、ということで、理想(=「はちみつベイベ」)は共有している、ということが本作のちょっとした救いになっているのも面白い。誰にだって「初めて」はあるし、人よりちょっと(ちょっとか?)妄想力の強い男子と夢見がちな女子が、ある意味で作者(宮原)の妄想の産物でもある「はちみつベイベ」という作品を媒介に距離を縮めていく姿は、かなでの友人たちのような手厳しい意見(少女マンガって、現実とはズレた妄想じゃん!)をもつ人があることも織り込みつつ、「でもやっぱり少女マンガっていいよね!」という宣言にも思えるのだ。その一方で「はちみつベイベ」がどうもあんまり人気がないらしい、というシビアな設定だったりするのも妙におかしい。恋の行方と宮原のマンガ家としての成熟、そして作中マンガの人気の動向はどうなるのかも気になるところだ。

 オビには「これは、『(少女まんがの)掟』を真摯に追求した真面目な物語で ある。」「少女まんがの“きゅん”を真剣かつ、究極にきわめた革命作?」との高らかな宣言があるが、ユニークな設定で暴走しつつもどこまで「きわめて」くれるのか。続きが非常に気になる意欲作なのだ。



(川原和子)  

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