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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第81回 青木光恵『洋服を9枚に減らしてみた』(メディアファクトリー)

青木光恵『洋服を9枚に減らしてみた』

(c)青木光恵/メディアファクトリー

 なんと心をわしづかみにされるタイトルだろう。オシャレ下手の整理下手、そして気づけば40代、という私にとって、これは絶対に素通りできないエッセイマンガだと思った。おまけに著者は、同世代で、洋服が大好きなマンガ家さんの青木光恵氏だ。その青木氏が洋服をたった9枚に減らしてみた、とは? 一体何故? どうやって??
 ……と、意気込んで手にとった本書。しょっぱなから「すみません……正直そこまでは……」とお詫びが入るが、「なんだかんだで174枚減らしました」という衝撃的な数字が挙げられる。ひゃ、174枚!?

 アニメ『ペリーヌ物語』のヒロインのように、すべての荷物がロバに乗る程度の身軽さに憧れる青木氏だが、現実には家中に侵食する洋服に悩まされていた、と語る。そもそも洋服好きで、いろんなテイストの服を楽しんでいた上に、30代後半で原因不明の体調不良に。そこでこれまでの服にくわえて着心地の良い服が新たに増え、それらをメインに着回していたところ、引っ越しの話がもちあがり、この機に服を見直すことにしたそうなのだ。

 しかし、服を減らすためには、その「基準」が必要だ。それを突き詰めていくと結局、これからどう生きるか? ということを考えることになる。なぜなら、女性にとって洋服は、選択肢が広いだけに、自己イメージやライフスタイルと密接に関わっているから。そして、たいていの人は限られたスペースに服をしまうことになるから、量をしぼることも重要な要素になってくる。だが、それがより難しくなるのもまた、40代という年代だ。

 私自身も現在40代だが、いままで以上に「洋服をどう選び、どう減らすか」は切実かつ重要でありながら、難しい問題だ。
 理由のひとつは、自分のなかで「いつのまにか年齢を重ねている」ため、肉体的変化と自分の意識がちぐはぐ、ということがある。
 30代の頃も、20代で楽しんだベージュや茶色などの色の服が、ある日ふと鏡を見たら「それを着たら本人と一体化しすぎて、単なる茶色の生き物になる」と気づき「もうこの服は着られない……」とうなだれたりしていた。若ければ「シック」だった地味な色味も、本人がくたびれてくると、単なる「そんな色の生き物」っぽくなる、という冷徹な事実に衝撃を受けたのだが、40代ともなると、さらに色選びも服のデザインの選択も難しくなる。それまで着られたものを着ても顔色が悪く見えたり、かといって明るい色だと派手すぎたりしてしまうのだ。
 しかし、「じゃあ、年齢にあうような洋服って?」と考えても、いまひとつ「コレ!」というお手本というかモデルがないのもこの年代だ。

 さらに、私が本書で「私も同じだった!」と思ったのは、30代後半で青木氏が襲われたという「原因不明の体調不良」である。私の場合は30代前半だったが、とにかくダルくてしんどいのに、病院では原因が分からなくてとてもつらかった
 このとき仕方ないのでいろいろなことを試してみたのだが、その一つが「冷えとり」という健康法で、これはなるべく自然素材(絹や綿)の服を着て、四季を問わずとにかく下半身を温めるという方法。また、「冷えとり」の一環でもある半身浴をやってみたら、それまでは冷えているという自覚すらなかったのに、かなり体調が回復したため、やめられなくなってしまった(体調の回復に劇的に効いたのは半身浴だった、というのは『テルマエ・ロマエ』の回にも書いた通り)。

 だが、下半身をあたたかくする服装というのは、ファッションの幅をかなり狭めるので、私のような、もともとファッションセンスのない者にとっては、かなり「難しい縛り」なのである。最近は冷えとりファッションの本なども出版されるようになったけれど、どうしても重ね着主体になるこのスタイルが、私のような「センスのない小デブ」にとって難易度が高いことにかわりはない。
 さらに、ただでさえ太りやすい体質なのに、トシを重ねるに従ってそれに拍車がかかってきてもいるのだ。

 肉体の変化、健康とのかねあい、さらに材質や値段(←重要)、自分の好みや似合うかどうかなどを考え合わせた上での洋服選び。
 高い。あまりにもハードルが高すぎる。
 そんなこんなでここ数年は正直、洋服も含めて見た目のことを考えると面倒かつ憂鬱でたまらなくなり、どんな服を見ても「どうせ私には似合わない」「何を着ても自分はみっともない」「いや、だからこそ本当は人一倍工夫しなくちゃいけないのに」「でももう疲れた……」という負のスパイラルにハマってしまい、私自身は「なるべく鏡を見ない」という荒技(逃避)でやりすごしてきたのであった。考えすぎるあまりの逆ギレ状態ともいえる。

 だがそもそも、モデルのようなルックスだったら、なにを着てもそこそこ素敵に着こなせてしまうわけで、私のような、見た目や体型に難や不具合(外反母趾なので履ける靴も限られる)を抱えた人間にこそ、すぐれたファッションセンスをもったスタイリストのような人が、「コレがあなたの弱点をカバーしつつ、体調の不良もまねかず、なおかつそこそこ素敵に見せてくれるリーズナブルな服装です」と提案してくれたらいいのに! と長年、深く深く切望している次第である。
 「体型カバー術提案」と言いつつすらりとしたモデルさんを使うような欺瞞にみちたものではなくて、ちゃんと「太ももがはっている」とか「顔がデカい」とか、ハードコアな悩みにがっちりバッチリ対応する、そんなファッション誌を作ってくれたらなぁ……と思わずにはいられない。そうでないからこそ、「素敵になるには、モデルみたいな痩せ体型になることから」という思考法に、老いも若きも縛られざるを得ないのではないか。
 ……いや、私が痩せるべきなのはわかってるのだが、それはそれとして、私はもう20年くらいずっと、「(モデルみたいな)素敵な人を、より素敵に」する方向性だけにすぐれた才能をつかうんじゃなくて、「普通の(体型に難がある)人を、素敵に見せる」方向にも、もっともっと使って欲しい!と思い続けているのだ。後者の方が明らかに難易度が高いけれど、ファッションセンスという才能を、ファッションの神(?)に与えられた選ばれし方には、その難しいことに是非チャレンジして欲しい。そして、努力しても全然センスが向上しなかった私を、ぜひ助けて欲しい。てゆーか助けて!

 ……と、取り乱し気味にないものねだりをし続けている私と違って、著者の青木氏は、それまでの自分の洋服遍歴をきちんとふりかえり、周囲の洋服の少ない人(夫)や片づけ上手の友人を通して、ご自身の基準をはっきりさせていく。第10話「発表します!最終的に残した服」で残した洋服が描かれるが、かわいい女の子を描くことで定評のある青木氏の手による絵は、ながめているだけでもとても楽しい。着心地を重視しつつも、ビビッドな色や柄のものも適度に組み合わせて、著者が着ることを楽しんでいることが伝わってきて「いいなぁ」と感じた。

 著者自身もイントロ部分で、洋服の処分を続けて行くうちに、なぜかダイエットしたりメイクの勉強をしたり健康のことを考えたり、「自分を見つめ直す作業になりました」と語っている。さらに「全てがつながっている」とも書かれているのだ。
 そうなのだ。

「洋服を減らす」という行為は、とてもピンポイントな行為に見えながら、実は(特に女性にとっては)生活のすべてが関わっていることなんだな、と改めて痛感したのだった。
 決して厚い本ではないが、自分と向き合うことことのあまりのしんどさから投げやりになっていた私には、本書は「自分のこれから」を考えるポイントを教えてくれた。
 著者のように「シンプルなワードローブで、着ることを楽しむ」境地にはほど遠いけれど、一歩ずつでもその方向に進んでいければいいな、と思ったのだった。


(川原和子)  

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