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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第63回 益田ミリ 『どうしても嫌いな人――すーちゃんの決心』 (幻冬舎)

益田ミリ『どうしても嫌いな人――すーちゃんの決心』

(C)益田ミリ/幻冬舎

 「決まったところに通う」形で仕事をしていたとき、一番大きい悩みは人間関係だったように思う。
 ある仕事をする、という目的のために、さまざまな人が集まってきて毎日長時間一緒に過ごすのだから、どうしても何かの衝突が起こったりする。

 『どうしても嫌いな人』の主人公、すーちゃんは36歳、カフェの店長になって2年目の、独身で一人暮らしの女性。そこそこうまくいっているけれど、憂鬱がはれない。原因は、職場に「嫌いな人」がいるから。
 その人は決定的な悪人じゃない。でも毎日、口を開けば人の悪口を言い、独断で職場のバランスをこわすことを勝手に進めようとする。やんわり注意すると、イヤミな言い方で注意してきた相手を確実に傷つけて、「な〜んて冗談」とひょいっと逃げをうって反撃を封じ込めるような人だ。そんな彼女と同じ職場にいることで、すーちゃんは少しずつ疲れていってしまうのだ。
「たいしたことじゃないのはわかってるけど 『日常』ってのがキツいんだよな〜」(p.44)
と呟くすーちゃん。
 おおげさに騒ぎ立てるほどの事じゃない小さな痛み。でも、たとえば日々がなにかの試合だとしたら、審判の目を盗んで肘打ちを入れられるような納得いかないその痛みが、すーちゃんをどんどん傷つけていく。雨だれが、少しずつ石を変形させてしまうように。この傷や疲れは、私にも覚えがあるし、きっと職場で働く多くの人にも覚えがあるんじゃないだろうか。

 タイトルにもあるように、本作は『どうしても嫌いな人』とどうつきあうか? ということをとことん見据えた作品だ。「嫌い」というのは、一瞬ドキッとするくらい、ネガティブな意味を感じる強い言葉だ。

 ここ数年、ものごとはポジティブに考えることが大事、という風潮がとても強いように思う。たしかにそれは事実で、一見試練にみえるようなことでも明るく前向きにとらえて行動していくことはとても大切なことだ。
 でもそれは、たとえば誰かの行動を通して、自分の中に芽生えてしまった「その人が嫌いだ」という感情を無理矢理おさえつけて、嫌いな人を無理して好きになろうとすることとは、ちょっと違うことだと思うのだ。

 本作の中でも、すーちゃんはあまりの憂鬱さに、嫌いな相手のいいところを無理に探そうとしたりして、「かえってストレスになるよ」と挫折してしまう。
 実は私もかつて、同じようなことをしていた。職場の人に理不尽と思えることをされても「でも、私にも悪いところはあるし……」「あの人も、いいところもあるし……」と、自分の心にうかんだイヤな気持ちをなんとかごまかそうとしていた。そうやって小さなガマンを重ねていって、ある日、積もりに積もった「ガマン」が、自分でも意外な「ささいな出来事」で爆発してしまう。そうなるともはや、自分でも制御できないくらいの巨大な怒りになってしまい、問題がとても大きくなってしまうのだ。いわば、「日々の小さなマイナス感情の貯金が、意外なところで満期をむかえて大爆発」という、惨事になってしまったのだった。
 そういう「自分の心の許容量をこえたガマンをついしてしまう」という悪癖が少しずつなおってきたのは、トラブルに直面して「そうか、自分って、思った以上に心せまいんだな……」という悲しい事実を「事実」として、苦く受け止めてからだ。心の容量は、(試練をのりこえることなどで自然に大きくなることはあっても)残念ながら、「ガマン」という努力では大きくはできない、という事実を認めたのだった。

 さらに、私には「どんな人でも、人のことを嫌いとか、思ってはいけないんじゃないか……」と、狭量なくせに妙にいい子ぶるクセがあったのだが、結婚して以来、それが少しずつ変わってきた。当時は嫌いな人のことを話すとき、無意識に、枕詞のように「●●さんって悪い人じゃないんだけどね……」と切り出していたのだが、話を聞いていた夫は必ず、「ふーん」と言ったあと、にっこり笑って、
「で、あなたは誰が嫌いなんですか?」
とズバッと聞いてくるのだった。
 な、なんというミもフタもないことを聞くのだ!! せっかく私が「悪い人じゃない」って言ってるのに!! まったくこの人、ホント黒いなあ……(心が)、と最初は正直驚いたのだが、そんな問答を繰り返すうち、ふと
「そうか、誰かを嫌いでも、別にいいんだ」
「それはそれとして、嫌いな相手に社会人として、どう対処するか、って考えていけばいいんだな」
と思えるようになったのだ。それは、「嫌いな人を無理して好きになる」なんてできもしないことをしようとするより、ずっと現実的な対処で、そこを分けて考えられるようになってからのほうが、トラブルも起きなくなった気がする。そして、最初私は言葉の強さ(キツさ)から、夫の発言を「黒い」ととらえたけれど、必ずしもそれだけではなく、感情のホンネの部分を自分の中で隠さず見つめ、かつ(口に出すことで)いったん突き放してみる、といういわば「健全な薄情さ」とでも呼べるような行為なのだ、と気づいたのだった。
 本作でも、

「そもそも嫌いとか好きって 『自由自在』って気がしないんだけど〜〜〜」(p.89)とすーちゃんが言うけれど、本当にそうだよなと強く共感したのだった。

 ただ、理屈としてはそうでも、たまに接する相手ならともかく、毎日毎日、口をきくと心がすさむ相手に接し続けるというのは、やっぱり自分をすり減らす行為だ。
 そんな相手とどうつきあっていくのか?

 ラストで、すーちゃんはある決心をする。
 そして、対照的な決断をするいとこのあかねちゃんも描かれるのだ。
 その描かれ方に、どちらが正しい、ということではなくて、「正しい答えはひとつじゃない」「それぞれでいいんだ」という作者のニュートラルな視点を感じたのだった。

 作者・益田ミリのマンガは、「1ページに8コマ」という決まった形式で描かれている。ものすごくシンプルな構成の繰り返しで描かれるこのシリーズは、なんだか「一見、同じ事の繰り返しの生活に見えても、実はいろんなことを考えている」すーちゃんたちの生活そのものとも似てるのかもなぁ、と思えてくる。
 登場人物達もとてもあっさりした線で描かれていて、主人公のすーちゃんの目など、「点」といってもいいくらい簡略化されている。でも、そんな線で描かれる彼女たちの内面や悩みは、驚くほどリアルなのだ。いやたぶん、この線で描かれるからこそ、一定の軽さをもって、リアルな感情をつらく感じることなく、共感しながら読むことができるのだと思う。

 本作は、同じ主人公の『すーちゃん』『結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日』に続く三作目。宝島社『このマンガがすごい!2009』オンナ編でも、シリーズ二作目の『結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日』は、『ちはやふる』や『君に届け』といった人気作に交じって9位にランクインした実績がある。
 人に誇るほどトクベツじゃないかもしれない毎日を、自分なりに心を配りながら、頑張りすぎないで、きちんとやっている。そんな「普通」の人を描く益田ミリ作品は、とても素敵だと思うのだ。
(川原和子)

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