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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第59回 雁須磨子 『いばら・ら・ららばい』 (講談社 全1巻)

雁須磨子『いばら・ら・ららばい』

(C)雁須磨子/雁須磨子

 美人はいいなぁ、と思う。以前美人の友人と一緒に食事をする店に入ったら、友人からにっこりと「二人なんですけど」と言われた男の店員は、とても嬉しそうに店内のよい席に、いそいそと我々を案内してくれた。その様子には職業的なもの以上の「きれいな人ににっこりされちゃった」的嬉しさがあふれていて、端から見ていて「そうか、美人がにっこりするって、すごい威力なんだなぁ」「美人は微笑むだけで、日常的に『毎日がサービスデイ』的ちょっといい扱いを受けるものなのかもなぁ」と、ひどく感心してしまった。 だが、そんな圧倒的に有利なはずの「美人」要素を、うまくつかえてない女の人も、なかにはいる。雁須磨子『いばら・ら・ららばい』の茨田あいさんは、そんな「残念な美人」だ。

 倉庫でバイトをしている茨田さんはせっかく美人なのに、いつも怒っているかのようなぶっきらぼうなもの言いや荒っぽい仕草のせいで、ちょっと敬遠されてしまいがち。美人の武器「微笑むこと」がうまくできない彼女は、なんとか微笑もうとすると「なんか怒髪天を衝くような事でもあったんスか」と言われてしまうのだった。
 そんな茨田さんに最初はとまどいながらも仲良くなるのが、同じ会社で事務をしている女子の度上(どのうえ)さん。茨田さんと度上さんは、度上さんの彼と三人で食事したりもするようになる。茨田さんも、ひさしぶりに友人ができて内心嬉しく思っているのだった。
 ところが、茨田さんが新人バイトのミスを(悪気なく)つっけんどんに指摘してやり直そうとすると、バイトの黒岩さん(しっかり者の年下男子)から「自分でやり直した方がちゃんと覚えるでしょ」と割って入られ、「やることないなら箱とか折っててよ」と追い払われ、内心ムカっとしてしまう。その扱いは、「まるでわたしが すぐ怒ってムチャクチャゆうずうの利かないおそろしい奴みたい」じゃないか、とイラつく茨田さん。あげく、その黒岩さんに、あることをたしなめられて、思わずキレて彼にひどいことを言ってしまう。言ってしまったあと、我にかえって激しく後悔する茨田さん。これじゃまさに自分は、「すぐ怒ってムチャクチャゆうずうの利かない おそろしい」猛獣だ、と自己嫌悪に陥ってしまう。カッとして黒岩さんにぶつけてしまったのは、過去に自分が言われて一番苦しかった言葉だったのだ。
 翌日、黒岩さんに謝りたいのに、どう言えばいい? と頭の中をいろんな考えがぐるぐるまわってパニックになる茨田さんだが、黒岩さんはそんな彼女の心を見透かしたように「怒ってませんよ」と言ってくれる。ほっとして泣いてしまい、メガネをはずして涙をぬぐう茨田さんを見て、黒岩さんは「俺も 茨田さんに笑ってもらえたらいーなって思ってたよ」と言ってくれるのだ。
 そう、これはすごくいいシーンなのだが、このあと、茨田さんが笑おうとするときの擬音が凄い。「…ギ」「ギギギ」……って、どんだけぎこちない笑顔なんだ!?ってことがよ〜く伝わってくる。まるで茨田さんの不器用さの象徴みたいなうまい擬音だなあ、と思わず感心してしまうのだった。
 一方、茨田さんが勤める倉庫に後からバイトに入った平良(ひらら)加菜子さんは、レンタルビデオ店とバイトをかけもちしている映画好き女子。観察眼は鋭いけれど、特に美人でもかわいくもなく、何も特別な才能や輝きをもっていない自分に、イラだちと屈折を抱えている。ビデオ店の同僚である橋さんは、マスカラごってし・胸よせあげ、という、なんというか、見た目やや頑張りすぎ女子だ。彼女のことはニガテだけどそれなりにうまくつきあっていたつもりだったのに、ある日、「平良さんてさあ あたしのこと ちょっとバカにしてるよね」と言われてしまう。「なんで 『自分は絶対そんなことしませんよ』的なとこばっか注目してほめて来ようとすんのお?」「いいと思うんならフツー自分もやるんじゃない?」という橋さんの思いがけない鋭い言葉に打ちのめされる平良さん。でもその言葉をきっかけに、平良さんは過剰防衛ぎみな自問自答を断ち切って、似合わないのに買ってしまったかわいすぎるワンピースを思い切って着てみることにする。それを見たときの橋さんの反応も絶妙な距離感で、そんな彼女たちの姿は、なんだかおかしくもかわいいのだ。
 感覚が鋭いが故に自意識過剰になりがちなサブカル女子・平良さんと、おしゃれと男子にしか興味がないみたいな橋さんは、たぶん同じクラスにいても友人にはならないまったく別種のタイプの女の子だ。そんな全然違う文脈で生きてる女子同士の距離感や、橋さん的な女子の(理屈っぽさとはまったく種類の違う)賢さ、そして異文化女子同士の小さな衝突と不思議な交流を、作者はものすごくうまく描いている。そのちょっと気まずいやりとりが、読んでいてなんだか、たまらなくいとおしく思えるのだ。

 また、デパート勤務のすごーくかわいいモテ女子、石田蜜も登場する。彼氏はいるけど、合コンで知り合った証券マンからも高価そうなアクセサリーをもらったりする蜜は、一見要領のいい計算高い女の子に見える。が、実は自分の好みに忠実に彼氏を選んでいるだけだったり、いざというときは衝動で行動してしまったり。そして思うままにふるまっているようで、同僚女子の顔色や発言の真意も読んでいたりと、なかなか頭のいい女の子なのだ。

 本作は、それぞれにちょっと(あるいはかなり)不器用な女子たちのお話だ。ときに自分をもてあましながらそれなりに暮らしている彼女たちだが、「生きていくのがむつかしそうな」美女・茨田さんからある相談をされた平良さんが、その相談事の結末をたしかめたときのモノローグには、胸を打たれた。密かな片想いもうまくいかず、たくさんの屈託を抱えたままの平良さんだけど、茨田さんの悩みがよいほうに着地しそうなことを知ってこう思うのだ。

 「よかった」「……よかった」「――よかった って思えて」

 誰かの幸福を「よかった」と思えること。そして、自然にそう思えた自分に、ほっとする平良さん。いろんなことがなかなか上手くいかなくても、強い輝きはもてなくても、それでも、誰かの幸福を「よかった」と本心から思えるなら、その人はきっと、不幸じゃない。このエピソードは、美女を「いいなぁ」とうらやみながらいまひとつパッとしない日常を送る読者の私にも、そんなふうに誰かの幸福をそっと「よかった」と思える人になりたいなぁ、と感じさせてくれるのだった。

 バラのようにさまざまな色で咲きながら、その棘で人や自分を傷つけてしまうこともある女子たちの内面を、作者は絶妙なモノローグと会話で表現している。本作は、メンドくさいところも含めて、そんな彼女たちがいとおしく思える一作なのだ。(川原和子)

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