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おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第31回 『百舌谷さん逆上する』 篠房六郎 (講談社)

百舌谷さん逆上する 表紙

(C) 篠房六郎/講談社

 ある小学校に転校してきた金髪の美少女・百舌谷さん。かわいい彼女はちょっとやっかいな持病をもっていた。担任の先生曰く、彼女は「ツンデレ」だという。
 ツンデレとは「普段はツンツンしてるけど仲良くなってきたらデレッとして甘えて」くるようなタイプの性格のこと。 ・・・・・・ だと世間一般で言われているが、実は「ヨーゼフ・ツンデレ博士方双極性パーソナリティ障害」という遺伝的な病気なのだ。な、なんだってー!! (編注 : 実在の病気ではありません)
 なんと『百舌谷さん逆上する』は、「ツンデレ」が、「誰かと仲良くしたいとか好きだと思った時に普通の人とは逆に攻撃的な言動や行動をとってしま」い、「しかもそれを自分で抑えられなくな」る、というれっきとした<病気>である ・・・・・・ という設定の世界なのだ。

 仲良くしようと近づいてくるクラスメートにキレて椅子をふりまわし、「これからは私をシカトして下さい」と言い放つ百舌谷さん。そんな彼女に、ただ一人、ガキ大将の竜田君だけは相変わらずちょっかいを出し続けていたが、あるとき百舌谷さんが竜田君に大けがをさせる事件が起きてしまう。でもそれは、「ツンデレ病」の百舌谷さんに芽生えた恋心ゆえの、本心と逆の「ツンデレ」行動だった ・・・・・・ 。

 一方、周囲に対して自分には関わるな、と宣言する百舌谷さんが、唯一自分に近づくのを許すのは、クラスのいじめられっ子・樺島君。なぜかつねにノースリーブに半ズボン、そして坊主頭におっさん顔、という冴えない樺島君(百舌谷さん曰く「裸の大将」)だが、百舌谷さんは「樺島君をいじめたら私が目にモノ見せてやる」と彼をいじめる男子を撃退する。そこにもしや何らかの好意が?と一瞬期待する樺島君。しかし、百舌谷さんは、自分にとって樺島君は「好きになれる要素が一個も無い」から感情が高まって病気が出ることもなく、「長く薄くなあなあで付き合っていける」相手だ、と面と向かって言うのだった。あまりにも正直すぎるこの発言に、ショックのあまり倒れ伏す樺島君であった ・・・ 。

 そう、本作は、百舌谷さんの「ツンデレという病気」という装置によって、「誰もがもっているふつうの気持ち」を、素直に表現できない百舌谷さんが引き起こす騒動を描いている。
 誰かを好きになると逆上して、冷たくするのを通り越して相手がケガをするまで暴力をふるってしまう百舌谷さんは、「好きなのに素直になれない」という誰にでもある気持ちを、大幅に増幅して実行してしまう存在だ。彼女の小学生とは思えぬ饒舌と理屈っぽさは、自分を守るための武装であり、その「過剰な増幅」の表現が、本作の面白さの一つだ。
 ややこしいのが、百舌谷さんの攻撃的な行動は、「本心と逆」(好意の裏返し。これが「ツンデレ病」の症状)の場合と、「本心どおり」の場合の二通りがあることだ。
 頭がよく敏感な彼女は、人の親切なふるまいの下に隠れた残酷な好奇心を見抜いてそれを指摘してしまったり、一番近しい樺島君への軽蔑と打算を隠そうともしない。まるで「好意のみがひっくり返って攻撃してしまう」という「本心と違う行動をとってしまう」部分を補おうとするかのように、つねに過剰なまでに正直に本心を吐露する百舌谷さんの言葉は、ときに周囲の人の(特に、樺島君の)心を、残酷にえぐってしまう。でも、普通は自分自身ですら見て見ぬふりをしそうな本心まで言葉にしてしまう百舌谷さんのあまりの赤裸々な正直さには、読んでいる側はある種の爽快感すら感じて、思わず笑ってしまったりもするのだった。
 そして、百舌谷さんの「奴隷」のはずの樺島君に、百舌谷さんが一番本心を見せている、という「ねじれ」や、好意を抱き合ってるはずなのにどんどん攻撃し傷付け合う竜田君と百舌谷さん、という「ねじれ」のエスカレーションが、「えっ、どうなっちゃうの!?」というハラハラ感とともに、「好きって、嫌いって、そもそもどういうことだっけ?」と、ふと気持ちの根本的なところに思い至らせてくれたりもするのだ。

 フェイクと本心が入り乱れる作風は、単行本巻末のおまけマンガからもわかる。作者とおぼしき人物が出身大学のオタクサークルに遊びに行く、というおまけマンガなのだが、「六郎」という男性名なのに、作者としてマンガに出てくるのは眼鏡のグラマラスな女性だ。そして、自分たちが大学生だったころの「オタクである」ことに対する鬱屈に対して、いまの大学生の明るく屈託がないことや、好きなものに対する熱意の淡さ・ライトさに苛立ち、「何で(あの名作を)見とらんのじゃい!!」「自分の好きなものなんでしょ?」「いろいろ調べて誰よりも詳しくなろうとするじゃない」などと問いつめてしまうのだが、逆に後輩から「篠房さんは何でそんなに必死なカンジ ―― だったんですか」と言われてしまう始末。後輩女子に「私たちも篠房先輩みたいにいろいろ勉強しないと」とフォローされて、いや、勉強とかじゃなくてやむにやまれぬ衝動でそうしてしまうんだよ ・・・ ということを説明するうちに自暴自棄になり、うわっはははとゴーカイに笑いつつも「 ―― うんそうだね 君達の方が全然イイね!!」と涙を流しつつ叫ぶコマだけが唐突に『空手バカ一代』風になっているところが実におかしく ・・・・・・・・・・・・ 切ない。

 おそらく作者は、「ツンデレ病」という病気や、自分をキャラ化してしまう、といった、虚実の「虚」(うそ)という装置をつかうことで、気持ちの「実」(ほんと)を描き出すタイプの人なのだろう(眼鏡をかけた女性の「篠房六郎」は、複数の「キャラデザ案」の一つ、とカバーで作者は公言している)。
 この不思議なねじれ感、ぜひ、体験してみて欲しい。
 尚、カバーを外すとそこにも作者の「近況漫画」があるので、こちらもお見逃しなく。(川原和子)

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