おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む? タイトル画像

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』

第4回 『お菓子な片想い』 阿部川キネコ (竹書房)

お菓子な片想い 表紙

(C) 阿部川キネコ/竹書房 全2巻発売中

 今とは比べ物にならないほど「かわいいもの」が身近には少なかった、私の小学生時代。・・・・・・といっても、そんなに昔じゃないですよ? 1968年生まれなので、えーと、1975年から'81年くらい。ほんの30数年前です! ・・・・・・じゅうぶん昔か。墓穴。
 まあとにかく、Afternoon Teaみたいなかわいい雑貨ショップもまだなく(開店は1981年だそう)、ケーキは誕生日かクリスマスの特別な食べ物で、スイーツなんて言葉は影も形もなかった時代。私にとって、少女マンガは「ステキで、わくわくするようなかわいいもの」が詰まった重要な娯楽だった。思い返すに、あの頃の少女マンガで「乙女心」を象徴していたのは、「ポエム、お菓子作り、片想い」だったかもしれない。『お菓子な片想い』は、そんな「あの頃の少女マンガ」のエッセンスを感じさせてくれる作品だ。
 お菓子作りが大好きな、高校二年生の「ちま」。小学生にしか見えない小柄な「ちま」は、困っていたときに助けてくれた手塚くんを好きになる。背が高くてバスケ部のエースの手塚くんは、実は「ちま」より年下の一年生だった。「ちま」の手塚くんへの切ない片想いを中心に、お話は進んでいく。
 のっぽでかっこいい男の子とちっちゃな女の子のかわいい恋物語。しかも、4コママンガで、ところどころにモノローグっぽいポエムが入る、という形式。・・・・・・というと、思い出すのが、ハンサムな男の子・サリーとドジな女の子・チッチが登場する超ロングセラーマンガ、みつはしちかこ『小さな恋のものがたり』だ。作者はまちがいなくこの作品のファンなのだろう。「ちま」の片想いの相手・手塚くんの鼻は、(おそらくわざと)「サリー」っぽく描かれているし、1巻のオビにはみつはし氏の推薦文や、巻末に作者によるみつはし氏への謝辞もあって、「『小さな恋のものがたり』大好き!」という作者の愛と、それを受けてやさしくエールをおくるかのようなみつはし氏のやりとりに、なんだかほのぼのした気持ちになる。
 作者の阿部川キネコは、高校の漫研を舞台にした『辣菲(らっきょう)の皮』や、ナルシストな探偵を主役にした『ビジュアル探偵明智クン!! 』など、マンガやアニメに関するいわゆるオタク知識をちりばめた「濃い」4コママンガを描いてきた人だ。当然、本作も「かわいく切ない片想いのお話」でありながら、「濃い」しかけが随所に見える。たとえば、登場人物の名前からして、有名マンガ家の名前をもじったらしきもの。ヒロイン「ちま」のフルネームは長谷待子(国民的有名4コママンガの作者名が由来か?)だし、片想いの相手は「手塚」くんで、そのお友達は「赤塚」くんなのだ。そして、お菓子部部長のヒロイン・ちまが作ったケーキを友人の英子が食べたときの反応は「ンまーいっ」と、なんと藤子不二雄Aの名作『まんが道』風。突如、絵柄もそこだけ藤子調になるのだった。
 懐かしい乙女っぽさ、そしてさりげなく混入されたマンガ好きの蓄積を感じさせるくすぐり。両方を満たしながら、しかし同時に「いまのマンガ」としてもかなり本気で胸がキュン、としてしまうのは、ドラマが盛り上がる部分では、見ている脇役が第三者として何かしらツッコミを入れていたりするせいかもしれない。たぶん作者も、「ちま」の恋心に共感しつつも、ストレートに盛り上げることにちょっと照れてしまって、つい客観性が顔を出してしまうのだろう。そんな作者の立ち位置が、マンガをたくさん読んできた作者や私のようなマンガ好き読者の「いま」の気分なのだと思う。
 そして「ちま」も(友人のルイ子も)、似合う服じゃなく、あえて「似合わなくても、好きな服」を着る。そう。多分、これこそが乙女心なのだ。「ちま」は「こんなに家庭的な私」を男の子にアピールするためなんかじゃ決してなく、「お菓子作りが大好き」だから、お菓子で気持ちを伝えようとするのだ。手塚くんはかっこいいからモテるけれど、チャラくて失礼な女子にはハッキリと反論して筋を通す硬派さと、実はかわいいもの大好きな乙女系な内面をあわせもっている。そんな手塚くんは、おそらく、私を含めてどこかに乙女心をもった読者にとっては「そうであって欲しい、理想の男子」像なのだ。
 現実的に考えれば、片想いの気持ちを押しつけることはともすれば「イタい」ことだ、と知ってしまっている「いま」の私だけど、女子に媚びないのにかっこよくて内面に乙女を隠しもつ「手塚くん」と、とにかく自分の気持ちに必死な「ちま」の片想いには「うん、こうだったらいいよね」という気持ちと「うん、乙女心ってこうだよね」という気持ちが交錯して、切なくなってしまうのだった。
 往年の少女マンガファン、チッチとサリーファン、また、現在の乙女心を隠し持つ(?)若い男性マンガ読者など、いろんな年齢層のいろんな読者に読んでみて欲しい佳作である。(川原和子)

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.