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本と本屋と

第22回 本屋はいざなう

 『あんやたん』という本を探しています、といわれた。あんやたん? なじみのない響きに、思わず聞き返す。前原基男さんの写真集です。お調べしますのでお待ちくださいと、パソコンに向かう。
検索するとたくさん情報が出てきた。竹富島出身の著者が戦後の激動期の沖縄を写した写真集で、「あんやたん」とは沖縄の言葉で 「昔はそうだった」というような意味らしい。発行所の記載はなく、自費出版のようだが、「カメラのモリヤマ」のネットショップで販売している。通販を勧めようとして、思いとどまった。「カメラのモリヤマ」の店舗は那覇市の久茂地にある。すぐ近所だ。電話してみた。
 「店に在庫ありますよ」
 お客さまに場所をお教えすると、これから行ってみますとのことだった。
しばらくたったある日、散歩していたら「カメラのモリヤマ」に行き当たった。入ってみる勇気はなく、その節はお世話になりました、と頭だけ下げて、通りすぎた。

 たとえ店で扱っていない商品でも、
 「当店にはございません」
 というだけでお帰ししてはいけない。必ず入手方法を調べてご案内するようにと、入ったころの研修でいわれた。商品をご用意することはできなくても、できる限りの対応をすればお客さまはまた足を運んでくださるから、と。
 専門書に多いのは、書店には卸さず出版社からの直販のみ、という商品だ。お客さまには出版社の電話番号をお伝えし、直接ご連絡していただく。
 沖縄に来て、事情が変わった。沖縄の出版物には著者の自費出版がとても多い。印刷所をつきとめて電話をしても、
 「いや、うちは印刷しただけで本は全部著者に渡してあるから、一冊も残ってないよ」
 と何度もいわれた。そこで、
 「著者の連絡先を教えてください」
 と食い下がり、電話してみると、小さな娘が取り次いでくれたりしたのちに本人が出て、
 「うーん、ほとんど配っちゃったんだけど、探せばあるかもしれない。見つかったら送るから、とりあえずまた電話して」
 というようなことになる。

 何より頼りになるはずの出版社が、存在しない。ただし、書店に流通していなくても、他の場所で買えるものもある。
たとえば、三線にはいくつかの流派があり、流派ごとに「工工四」(くんくんしー)と呼ばれる楽譜が出ている。お師匠さんから直接買うことも多いようだが、一部は楽器店でも取り扱っているから、店の向かいの「高良楽器」を紹介する。
 沖縄観光コンベンションビューローの『うちなー観光教本』は、直接取引をして店に卸してもらっていたが、先方の在庫が少なくなり、
 「あとはこちらのセンターだけで販売します」
 といわれたので、そこに直接行っていただくようご案内することになった(結局センターでも完売したようだ)。

 版元品切れの本であれば、
 「図書館か古本屋さんでお探しください」
 というのが常套句だが、これももう少し具体的に調べるようになった。
宜野湾市の古本屋「BOOKSじのん」は膨大な数の沖縄書を扱っているうえ、HPで在庫検索ができる。一度、「在庫あり」となっている本を電話で問い合わせてみた。前に店に行ったとき、沖縄書だけで50本近くありそうな棚を見ていたから、探し出すには相当な時間がかかるだろうと覚悟していたら、十数秒で
 「ありますよ」
 と返ってきて、びっくりした。スタッフ二人で棚入れをしているからだいたい把握できる、と後日伺ったが、それにしてもすごい。以来、品切れ本はここのHPで確認して、在庫がありそうならご紹介している。

 2010年に開館100周年を迎えた沖縄県立図書館は、沖縄書の品揃えでは間違いなく世界一である。「収集方針」に
 〈地域で出版流通する資料は個人出版物を含め網羅的に収集する。
 個人資料など非出版資料の収集も積極的に行う。
 郷土に関する研究者や個人蔵書家のコレクションを収集、戦災による欠落資料を補填する。〉
 と挙げているとおり、こんなものが? と目を疑うような小冊子でも所蔵している。戦争でいったん全ての資料を失ったとは思えない充実ぶりである。
 問い合わせを受けて困ったら、とにかく図書館のページで検索する。書誌情報を見て、これは市販されているものではないなと判断したら、
 「手に入れるのは難しそうですが、県立図書館で見られますよ」
 とご案内する。
 「ああ、図書館ね」
 という反応が返ってくるかと思いきや、
 「図書館? どこにあるの?」
 と聞き返されることが意外に多い。それが本好きで鳴らしていそうな年配の方だったりすると、驚いてしまう。ここから歩いて20分のところにすばらしい宝の山があるのに、知らないまま暮らしているなんて、あまりにもったいない。
 「与儀公園の中です。なんでもありますよ」
 と、頼まれもしないのに図書館の宣伝をしてしまう。

 店が開店するときは、「全ての沖縄書を集めなければならない」と意気込んでいた。もちろん今もその心構えでやっているが、沖縄書の出版量は予想をはるかに超えており、需要もまた細分化している。ならば、頼れるところは頼っていこうと考えを変えた。 那覇に大きな本屋ができて、そういえばあの本が欲しかったという人が来て、そこになくても別の場所にあることがわかって、足を運んでくれる。そんな流れができれば、ここに本屋ができた意味もあるだろうし、自分の店にもきっと返ってくるだろう。

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