本と本屋と タイトル画像

本と本屋と

第21回 本屋は包む

 〈洋菓子屋の店員はもみの木のように背の高い女の子で、紐の結び方がひどく下手だった。私は背が高くて手先の器用な女の子に一度もめぐりあったことがない〉(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』新潮文庫)
 村上春樹はもっぱら売る側だけれど、この一節は忘れられない。私もお客様に「本屋の店員はもみの木のように背の高い女の子で…」と思われたことが、絶対にあるはずだ。

 本屋の店員は体力も頭も、手先も使う。もちろん米粒に字を書くような器用さは必要ない。本のカバーを大きさに合わせて折り直してかけたり、地図をくるくると丸めて筒状のビニール袋につめたり、その程度だ。それでもお客様にじっと見つめられるとうっかり緊張してしまう。あせるほど紙はいうことを聞かず、何度かやり直すうちに、
「急いでるんだけど」
と冷たい声が降ってきて、もみの木はますます震えるのだ。

 本屋の手作業で最大の難関は、ラッピングである。これができないとレジに安心して入っていられない。お客様が絵本を持ってくるたびにドキッとする。が、ときには週刊誌を
「プレゼント用に」
といわれたりもする。油断できない。
 基本は「キャラメル包み」ではなく、百貨店などと同じ「正包装」である。本を斜めに置き、くるくると回転させていく。手順を教わって先輩のお手本を見ても、何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。最初の本の置き方からしてわからない。
 家に帰って、文庫やら単行本やらを並べては、新聞紙でくるくる包む。しょっちゅう破れる。すぐに手が黒くなる。折込チラシも使ってみる。ちょっと慣れてきたかな、と、「文庫+写真集」のような複合技に挑戦すると、また破れて、気持ちが折れる。そんな夜を幾度も過ごして、クリスマスのラッピング・ラッシュを越えて、なんとか一人前になった。
 こんなに苦労する必要があるのだろうか、と思った。少し凝った柄の袋を何種類か用意しておけばよいのではないか? 右上にリボンでも貼り付ければいい。雑貨屋もCD屋もたいていはそうだ。百貨店はサービスの一環、あるいはパフォーマンスの一環として(目の前で肉を焼いてくれるステーキ屋のように)正包装をしているのだと思う。本屋の包装は何なのだろう。販売人としてのプライドだろうか。

 本屋の手作業は少しずつ失われている。大学時代にアルバイトしていた本屋では、スリップを出版社別に仕分けして半分にちぎり、片割れを注文スリップとして使っていた。
「こうやって重ねれば一度に何枚もちぎれる」
と教わり、すばやく重ねるコツも身につけたが、就職してからこの作業はしたことがない。あの小さな本屋も今では自動発注になっているのだろうか。
 また、上司が番線とよばれる注文印を何十枚もの注文書に押していたとき、その派手な音にびっくりした。バン! バン! という音がカウンターから響き、何年もこうして本を注文してきた気迫を感じた。ネット注文なら番線はすでに登録されているから、カチリとクリックすれば終わる。

〈西欧の鞄や袋物の場合には、「衣類入れ」「書類入れ」などその目的に合わせて、形、大きさ、および材質がきまるようになっている。ところが、日本の風呂敷は融通無碍である。中身が球形のものであろうが、箱形であろうが、その形や大きさにとらわれず、選り好みをしないで、すべてを包んでしまう。
 わが国でこの風呂敷が発達した理由としては、日本人の手先が器用であるために、「包み方が熟練していること」「布の端の結び方が巧みなこと」などが考えられる。それにひきかえ西欧人は、「包むこと」「結ぶこと」がなかなかうまくゆかないので、「パッケージ」の方に走ってしまうらしい。〉(額田巌『包み ものと人間の文化史20』法政大学出版局)

 「すべてを包んでしまう」というくだりになんだか恐れ入る。ともあれ、それも「日本人の手先が器用」なのが大前提のようだ。私のような不器用な人間が〈「パッケージ」の方に走ってしまう〉のは無理もないことだ。

〈貸本屋は「つみかさね」た本をくくりあげて(中略)書物を真田紐でしばり、あるいは大風呂敷に包んだりして背負い、振り売りをするのが営業風俗にあった〉(長友千代治『近世貸本屋の研究』東京堂出版)
〈保存や持ち運びのために数冊の本を一緒に包みこむ「帙」――芯紙を入れて布で表装したもの――をかけることも流行した。古くは「帙簀」とも呼び、竹を簀子に編んで巻子本を包むようなこともあったが、それからの発展である〉(鈴木敏夫『江戸の本屋 上』中公新書)

 もともと、本を包むのは保存や運搬のためであって、プレゼントのためではなかった。前に神保町の古本屋で本を買ったら、モダンなイラストの印刷されたクラフト紙でくるくると包んで渡されて、驚いたことがあった。確かにこれなら大きさ別の袋を用意しておく必要もない。肉屋でコロッケを買うと新聞紙に包んでくれるのも同じだ。

 電子書籍ならカバーも袋もいらない。プレゼントするときは相手のアドレスを入力するだけで済むだろう。そんな時代に「リアルな本を贈りたい」という物好きなお客様がいらしたら、ここぞとばかりに正包装をしてみせて、「ああ、本屋ってこんなことができるのか」とびっくりしてもらいたい。その日のためにも、ラッピングの腕を上げておかなければ。

Copyrights NTT Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.