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第11回 縦の本、横の本(2)

 


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電子かたりべ
 今回は日本の本の縦横について。

 入荷した本を棚に入れるときは、まず台車にジャンル別に分けて積みあげていく。自己流のポイントは背表紙を右側に揃えることだ。左の小脇に何冊も抱えて差していくので、背表紙が一望できる。こうすると上にくるのは表紙と裏表紙がまちまちになる。表紙が上になる本は縦書きで、裏表紙がくるのは横書きである。
 レジではバーコードを読ませるために裏表紙を上に揃える。今度は背表紙が左右に分かれる。数冊あれば向きが揃うことはまずない。カバーをかけるには背表紙を手前に引き寄せるので(これも自己流ですが)、また揃えなおす。
 数式の出てくる理工書なら横書きで、楽譜も横書き、学習参考書も国語以外は横書き。文芸書はまだ縦書きが主流である。それでもほとんどのジャンルは「両方あり」だろう。画期的なのは、たとえ中が横書きでも背表紙は縦書きであることだ。なんと首と目にやさしいことか。

 日本で出版された本でも書名にアルファベットが入っていれば、縦書き横書き問題は起こる。コンピュータ書の棚を見にいくと、これまた「両方あり」だった。「ipod」が縦書きだったり、横書きだったり。ある一角には「サーブレット&JSP」という文字列がずらずら並んでいて(何のことやら)、表記の仕方は3通りあった。
  1. 「JSP」のみ横書き
  2. 「&JSP」が横書き
  3. 全部縦書き
 この文字列の前後に「基礎からわかる」とか「入門塾」といったおまけがついて、この部分はもちろん縦書き。どの本も厚いこともあって、文字の大きさや向きが入り乱れている。
 名前にアルファベットが入った出版社もある。MYCOM、SoftBank creative、O'REILLY、ASCII、こう並べても出版社の名前に見えない。SHOEISHAはふつう「翔泳社」と表記しているから、コンピュータ書では意識的にアルファベットを使っているのだろう。これも横書きになるが、書名と違って横転していないことが多い。背表紙の地に近い部分に、小さな文字で左から右に書いてある。社名は確実に読ませたいということなのだろうか。縦も横も自由自在、この細長いスペースではまだまだ面白いことができそうだ。

 岩波新書の『横書き登場』(屋名池誠著)は、浮世絵や切手、たばこのパッケージまで参照しながら、「縦か横か」、「右からか左からか」という日本語の「書字方向」の変遷をたどった、大変な労作である。終章には、「書字方向は一つに収斂してゆくことになるだろう」、「早晩左横書きに統一されてゆくとみてよいだろう」とある。ただし、すべてが横書きになるのではないという。
 「本の背、縦長看板などの縦長スペースや、デザイン上の要請から縦書きに向いている用途はカバーできないからである」。
 「平面利用の多様性は近代の日本語が得た貴重な財産なのだから、そうした用途に縦書きを使わないのでは退歩といわざるをえない。そうした方向へ進む可能性は万に一つもないといってよかろう」。
 こう断言されて、安心した。中身は横書きが主流になっても、背表紙の読みやすさは安泰だ。

 私が最初に横書きを意識したのは、大学に入って『知の技法』(東京大学出版会)を買ったときだった。「。」「、」が「.」「,」であることに驚き、なんだかおしゃれ、と感心した。しかし慣れないせいかどうも読みにくい。岩波書店の「思考のフロンティア」のシリーズも、縦書きだったら読むのに、と何度思ったか知れない。
 さらに私事ながら、自分で書くのも縦書きが好きだ。左利きなので、横書きだと書いたそばから文字をこすってしまう。領収書なども左綴じで、綴じのふくらみが手にぶつかり、どうしようもなく邪魔だ。上で綴じて欲しい。

 電話での問い合わせで、
「その本は縦書きですか?」
と聞かれたことがある。ジャンルは言語学なので、どちらもありうる。探しだして開いて、
「横書きです」
と告げたら、「ありがとうございます」と言って切られた。どちらがよかったのだろうか。そのうち縦書きの本を持って「この本の横書きってありますか?」と聞きにくる学生が現れるかもしれない。

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